美育
始まり
私は今日、家から放り出された..
いや、違う。
私がこの家を捨てたんだ..
行く所は決まってる。
唯一、私に優しくしてくれる、大好きな彼氏の元へ行くんだ。
彼の名前は「優」。
この名前はね、彼のおばあちゃんが、
「誰よりも心の優しい子に育ちますように」
と言う願いを込めて名付けてくれたんだって..
優、本当に優しいんだ..
「俺、美育に出会う為に生まれてきた気がする。美育といる時が一番楽しくて、自分らしくいられるんだ..」
こんなこと、優に出会うまで言われた事なかった。
私の名前は、「美しく育つ」と書いて、「みく」。
人並みに幼稚園に行って、小学校に行って、中学に行った。
気が付いたら、高校二年になってた。
4月には17歳だよ..
なんかさ、15歳くらいの子と話すとさ、自分はもう、おばさんの初期に入ってるんじゃないかって、マジで思う。
考え方が違うって言うか、私と違って、夢や希望に溢れてるってカンジする。
私が、「あ」って言うのと、15の子が、「あ」って言うのでは、突き抜け方が違うんだよね。
こんな事考えてんの、私だけなのかな..
優との出会いは、高校の入学式。
入学式って言ったら、普通、夢と希望に胸を膨らませ、目をランランと輝かせて..
そんなイメージだろうけど、私にとっては最悪だった。
何故なら、朝から親とケンカしたからね。
ケンカなんてしょっちゅうだけど、こん時のケンカはハンパなかった。
私だってさ、入学式当日の朝となれば、色々と忙しいし、世間からすりゃ、まだガキに見られるんだろうけど、一応真剣に、
「今日から高校生だし、しっかり頑張ろう。しっかり生きよう。」
くらいな事は考えてんのにさ、うちの母親は、口を開けば、自分が今日着ていく服装の話ばっか。
近くに寄れば寄るほど、化粧品や香水の匂いがして、マジ、吐きそうになる。
「ねぇ、みくちゃん、やっぱ、こっちの方がいいわよねぇ..
う〜ん、やっぱり派手かしら..」
私にとっては、何を着て来ようが、どうでもいい。
いい服を着て行けば、あんたの母親としての中身や質も変わるのか。
結局、見てくれだけで、何も変わらないくせに、見た目と世間体を気にしてるだけじゃん。
まぁ、この人のこのカンジは、今に始まった事じゃないけど..
私の母親に対する不信感が決定的になったのは、確か私が中学生になったばかりのくらいの頃。
今はこんなだけど、私は小さい頃から、お母さんが大好きだった。
幼稚園の先生に、「母の日」の存在を教えてもらってから、母の日になると、私は毎年欠かさず、お母さんにプレゼントを渡してきた。
一番喜んでもらったプレゼントは、今でも覚えてる。
確か、小学2年くらいの頃にあげた、
「手作りチケット」だ。
中身は、買い物に行ってあげる券とか、マッサージしてあげる券とか、ママが寂しい時や疲れてる時、私がもし寝てたり宿題したりしてても、この券があれば、一緒に遊ぶよ券とか..
この券は喜んでくれるかな、やっぱり違う券の方がいいかな、ママ喜んでくれるかなって、ワクワクドキドキしながら、夜遅くまで作っていたのを、今でもハッキリと思い出せる。
迎えた母の日、学校から帰ってくると、お母さんは、ベランダで一所懸命、洗濯物を干していた。
私はお母さんの後ろ姿が好きだった。
何故なら、私が後ろからそっと近付いて、
「だぁれだ!」
と言って飛び付き、目隠しをすると、一瞬、ビックリして声を上げながら、
「う〜んとぉ..
その声は、みくちゃんだなぁ」
と言うなり、振り向いて、抱き締めてくれる。
抱き締められると、すごくいい香りがして、温かくて..
それを味わいたくて、何度も何度も、同じ事をした。
今思えば、お母さんは、後ろから近付く私に気付かないフリをしてくれてたんだなぁって気がする。
それでも、どんな時でも、私が飛び付くと、変わらない強さと温かさで、私を抱き締めてくれた。
そんな、お母さんが大好きだった。