ハルとオオカミ
スマホの画面の中で、アップテンポな曲とともにMVが流れ始めた。
ボーカルのジンさんの顔がアップになるたびに、アキちゃんが「ココやばっ」とか「しんだ」とか断末魔みたいな呻き声をあげるから内容があまり頭に入ってこない。
「……ね!? ね!? ヤバいっしょ!?」
「うん……カッコいいねえ」
途端に生き生きし始めたアキちゃんを見て、私はシャーペンを置いて苦笑いした。
好きなものに一直線なのは、悪いことじゃない。
それに、ジンさんに愛を注ぐアキちゃんの瞳は輝いてて、見てて微笑ましいというか、こっちまで楽しくなっちゃうから、仕方ないなあと思ってしまう。
なにより、彼女の気持ちは私にも十分わかるからだ。
心の中のアイドルに愛を注いでいるのは、私も同じだ。
アキちゃんとMVを見ていたら、チャイムが鳴り響いた。
それと同時に教室のドアが開く音がした。そっちを向くと、見えたのは担任の先生ではなく、ふわっとした赤毛だった。
私は息を飲む。彼はいつも通りの仏頂面で、堂々と教室へ足を踏み入れる。