王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「クレアっ、そんな縫いもん持ってく暇なんかねーんだって! ここにだってそのうち誰かしら攻め入ってくる。この日が来ることを見越して、裏の城壁に抜け道を作ってあるから、早くそこから……っ」
「ごめん。私は、逃げない」
もう一度私の手を掴んだガイルに言う。
ゆっくりと見上げると、驚きを顔中に広げたガイルが私を見ていた。
外からは、わぁわぁと激しい怒号のような声が聞こえてくる。
「逃げないって……おまえ、何言って……」
信じられないとでも言いたそうな声で言うガイルをじっと見上げた。
「私は、ここに残る」
「は?! おまえ、こんな時にそんな冗談……」
「昔ね、お母様が言ってたの。『もしも革命が起きたらその狙いは王族。王族は、平民を苦しませた罰を受けなければならない』って」
強い眼差しでそう言ったあと、静かに涙をこぼした母を思い出し、胸の奥が痛む。
『ごめんね……クレア。こんな立場に生んでしまって……普通の女の子として生んであげられなくて、ごめんね……っ』
幼い私は、あの時の母の涙の意味がよくわかっていなかったけど……今、こうした場面に立って、ようやく気付く。
母が謝った意味を。
『どんなに必死に尽くしても見返りがもらえなかったら悲しいでしょう? この国を支えている人たちはずっとそういう思いをしているの。だから、いずれ不満は溢れ、その矛先は王族に向けられる。その時は――』
その時は、王族は責任をとらなければならない。
母の声が頭の中によみがえる。
「その言葉なら、俺も聞いてた」
さっきまでとは違い、落ち着いた声で言ったガイルが真面目な顔で続ける。
王宮に火でも放たれたのか、わずかに焦げたような匂いが窓から入り込んできていた。