王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない


「え……」と無意識にもれた声が、床にぽとりと落ちる。
薄暗い部屋のなか、ラモーネ王妃の瞳がじっと私を見ていた。

「行き先はもう用意してあるわ。ふたつ隣の国の宰相のところよ。……写真を」

それまでただ立ってこちらの様子を見ていた使用人が、私に絵本ほどの大きさの台紙を渡す。
ふたつ折りになっているそれを開くと、父親とも言える年の男性が写っていた。

「歳は少し離れているけれど、悪い話ではないでしょう? 地位も財産もあるお方だもの。
あなたの写真を見せたらそれはもう気に入ってね。生娘じゃなくてもいいとまで言って下さっているのよ」

〝生娘〟という単語に、カッと恥ずかしさを覚え……それから、気持ち悪さを感じた。

この人……シド王子と私のことを、どこまで知ってるんだろう。
そしてそれを、この写真の人にも伝えたということだろうか……。

そういう部分に価値を見出す考え方があるのは知っているけれど……嫌悪を感じた。

「可愛がってもらうといいわ。もっとも、どちらの道を選ぶのかはあなただけど」

そう呟くように言ったラモーネ姫が、ゆっくりと私に近づく。
光の見えない瞳が怖く思え、びくっと肩が揺れた。

「もしもシド王子の婚約者があなただと公になったとき、国民はどんな反応をするかしらね。
テネーブル王国の王族については、私が手を回す必要もないくらい悪い噂が広まっているわ。あなたのお父様は相当平民をないがしろにしたそうね。今や、テネーブル王国の名前は地に落ちた状態よ」

ラモーネ王妃のヒールが絨毯を進むごとに、コツ……と鈍い音を立てていた。


< 136 / 166 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop