王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない


「私は、ふたつ隣の宰相のところに行くんです。私を置いてくれるって言ってくれてますし、心配しないでください」

感情を込めないよう淡々と言うと、シド王子は私を抱き締めたままふっと笑う。

「行く気なんかなかったくせに」と言われ、その通りなだけに言い返せずにいると「本気で行く気なら、許さないけどね」と続けられた。

本気もなにも……行く気なんて、最初から――。

嘘をつくことは諦めて「逃げないので、離してください」とお願いする。

どうせ、なにを言っても逃げることができないのなら、嘘をつく必要もない。

ゆっくりと私を離したシド王子と、向き合うように立つ。
シド王子を見上げる向こう側には青い空が広がっていて……綺麗だなと思う。

シド王子の瞳と溶け合うような綺麗な青空に目を奪われる。

さっきまでは、そんな風に思えなかったのに。

「やっぱり、シド王子といると世界が綺麗です。こんなにも違うんですね」
「え?」

キョトンとして聞き返してきたシド王子に「馬鹿馬鹿しいと思うかもしれませんが」と、前置きしてから告げる。

「あなたに触れられたままの身でいたかったんです。だから、誰にも触れさせるつもりはなかった。最初から、宰相の元に行くつもりはありませんでした」

こんなことを言うのは恥ずかしくて、わずかにしかめたような笑みになってしまっていたと思う。
それでも言い切ると、シド王子は衝撃を受けたような顔になる。

心底驚いたようなシド王子にふっと笑みをこぼしてから、続ける。

「私の決意は、さっき言ったとおりです。今、シド王子になにを言われてもそれは変わりません。シド王子の立場を危うくするだけなら、傍にいたくない」

きっぱりと言い切ると、シド王子が真面目な表情で黙る。

中庭に吹くような穏やかな風が、辺りを吹き抜ける。
すぐそこに迫っていた森から、大きな木が風で揺らされている音が聞こえてくる。


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