王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない


「……髪を、切って欲しいと頼んだわけではないんですが」

動揺のあまり斬り損じたんだろうか、とも少し思いながら聞くと、「あとで、髪を切れるヤツを呼んで綺麗に切りそろえてもらわないと」と、私の髪に触れたシド王子が、わずかにツラそうに微笑む。

「俺も切りたくなかったけど、クレアはこれくらいしないと納得してくれなそうだから」
「納得……?」
「この長さもよく似合ってる。惚れ直してもいい?」

にこりと細められた目に黙っていることしかできずにいると、シド王子はひとつ息をついてから告げた。

「クレアはこれで死んだことにする。ガイルがその証人だ」

シド王子の言葉に、ガイルが「おう。しっかり見た」と微笑んで言う。

髪を切っただけで、死んだわけじゃないのに……とわけがわからずにいると、シド王子の眼差しに気付く。
愛しそうに見つめてくる瞳に戸惑っていると、静かに言われた。

「これからは、テネーブル王国のクレア・ソワールとしてじゃなく、俺の婚約者として新しく生きてほしい」

優しく頬を撫でられ、しばらくぽかんとしていたけれど……そのうちに、状況を把握する。
バッとガイルを見上げると、やれやれとした笑顔を向けられた。

「騙したの……?」
「騙すもなにも、そいつがおまえを斬れるわけがねーだろ。俺も髪持ってろって頼まれたときは何する気だって思ったけど……まぁ、傷つけるようなことはしねーだろって思って言うとおりにした。
一応、もしも血迷って剣突き刺そうとしたらいつでも止められるようにはしてたけどな」

ガイルに言われ、今度はシド王子を見て「騙したんですか?」と聞くと、困ったような笑みを向けられた。



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