王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「ジュリアに頼んで、不自然にならないよう何年も前からその使用人をラモーネ王妃につかせていた。警戒するにこしたことはないと思ってしたことだったけど……そうしておいてよかった。手遅れにならずに済んだから」
安心したように息をついたシド王子が、私を見て「噂のことも気にしなくていい」と続ける。
「テネーブル王国の王族については、たしかにひどい言われようだし、事実である以上、それを捻じ曲げて抑えることはできない。もしも、テネーブル王国の元王族をグランツ王国に迎え入れると公にすれば、反対する者も多いと思う」
……そうだ。だからどうにもならないと思い離れたっていうのに……。それをわかっていて、なんでわざわざ私を止めたんだろう。
そんな風に思い見ていると、シド王子がふっと笑う。
「でも、俺の婚約者についての噂なら悪いものなんてひとつもない」
「婚約者って……」
借りに私のことだとして、一体、誰が噂なんて広めるんだろうと不思議に思う。
私の存在はほとんどの人に隠されていたのに。
「〝シド王子の婚約者は刺繍が得意らしい〟〝花が好きだから、シド王子はその婚約者のために日中の数時間中庭を逢引の場に使っているらしい〟ってね。
まぁ、後者については俺が〝まったくしょうがない王子だな〟って笑われてるらしいけど」
ははっと笑ったシド王子が「マイケルが刺繍入りのハンカチをそこら中で自慢するもんだから、もう知らないヤツはいないんじゃないかってほど広まってる」と、教えてくれる。
『でも、せっかくクレアが縫ってくれたものだから、もらうな。国中のヤツらに自慢してやるんだ』
そう笑っていたマイケルの顔が浮かび……ぽかんとしてしまう。
まさか本当に自慢して回るなんて思ってもみなかった。
「褒めるのは気に入らないけど、あいつは頭がいい。国も名前も隠して、以前クレアに助けてもらったって話をして回ってる。幸い、クレアはテネーブル王国の国民に隠されて育ったから、その姿を知るものはいないに等しい」
「唯一、おまえの姿を知ってるマイケルは口が裂けても言わないだろうしな」とガイルが言うと、シド王子が「そういうこと」と歯をのぞかせた。