王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「本人が素敵だって言ってるんだから、おまえらの意見なんか必要ないだろ」
「ところで、馬車の運転手さんはどうしたんですか?」
ガランとしている運転席を眺めながら言うと、「ああ、そうだった」とシド王子が説明してくれる。
「馬で追いついたところで馬車を止めさせて、事情を話して帰ってもらった。俺とガイルの馬、二頭持って行ってもらったから、帰りはこの馬車で帰ろう。運転はガイルに任せて」
「おー。馬車は初めてだけどやってみる。そろそろ腹減ったし早いところ帰ろうぜ。……あー、本が落ちたままだ」
そう言い、拾い上げようとしてくれたガイルの手が、ぴたりと止まる。
ページが開いたままの本を見つめ……そのままの状態で拾い上げると、ガイルがそのページを見せ笑う。
「なぁ。リリィは?」
「え?」
「おまえの名前。リリィでいいんじゃねーの? 短くて呼びやすいし、なんか白いし花びらがうさぎの耳みたいだろ。ほら、おまえあの絵本好きだったから」
ガイルが開いたページに描かれていたのは、百合の花だった。
反り返った白い花びらが、色鉛筆でぼんやりとしたタッチで優しく描かれていて……たしかに、うさぎの耳に見えないこともなかった。
あの、母が描いた星みたいなかたちをした、歪なうさぎに。
「……正直、おまえの意見でなんか決めたくないけど、その考え方は悪くない」
不満げに言ったシド王子に、ガイルが「だろ?」と自慢げに笑う。
「じゃあ、そろそろ帰ろうぜ。クレ……じゃなかった。リリィ。早く乗れ。振り落とされないようにしっかり捕まってろよ」
「待て。さりげなく決定するな。俺はまだ悪くないって言っただけで、マーガレットの線も……」
「でももうしっくりきたし、いいだろ。なぁ? リリィ」
ガイルに満面の笑みで言われ「うん」とうなづく。
私が笑顔でうなづいたからか、シド王子はふてくされたように顔を歪め、髪をガシガシとかき……そして「わかった」と諦めたような声で言った。