王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「酒場ではどうも。まさか、クレア姫付きの騎士だったとは」
苦笑いを浮かべた男の人の言葉に、さっきまでしていた会話を思い出す。
ガイルが酒場で会ったっていうのは、この人だったんだ。
恐らく、今日のために王国内に忍び込んでたんだろう。いつでも行動できるように。
でも……それにしては軽装だ。
窓から見たグランツ王国の騎士は、銀色の鎧と藍色のマントを身に着けていたのに、この人は銀のアームカバーとフットカバーしかつけていない。
王族だけが目的だから、人数の差もあるしと考え、こんな軽装なんだろうか。
そんな風に思いながら見ていると、男の人が口の端を吊り上げる。
「そちらにいるのがクレア姫なら、手渡してもらいたいんだけど……穏便に話を済ませる気はなさそうだな」
剣を抜いたガイルに気付いた男の人も、腰に携えている剣にすっと手を伸ばす。
鞘から剣が引き抜かれる、金属のこすれるような鈍い音が響いた瞬間、ガイルが足を踏み出し、素早く間合いを詰める。
ガイルが振り下ろした剣を、鞘から抜いたばかりの剣で受けた男の人は身を低くしガイルの懐まで入り込むと下から振り上げるように拳を突き出した。
「……ぐっ」と低く苦しそうな音がガイルからもれたと同時に、ふたりの間に距離ができる。
片手で剣を構えているものの、お腹を打たれたガイルの顔はツラそうに歪んでいた。
それもそのはずだ。ガイルは武装していないのだから。
「あれ。立ってられるなんてすごいね。あばらのひとつかふたつ折れたハズなのに」
そう笑った男の人が続ける。
「身体の線がそこまで太くないからか舐めてかかられることが多いんだけど、俺の拳って結構重いらしいから。国で催された武術の大会でも、集められた屈強な男相手にいい線までいったくらいだし」
「はっ……それが本当なら、グランツ王国の男はたいしたことねーな」
未だ目元をしかめながらも、口元には笑みを浮かべたガイルが言う。
ポツポツと浮かんでいる脂汗を見る限り、本当にあばらが折れているのかもしれない。