王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「じゃあ、なんなんですか、この扱い。さっきまで対峙していた国の王族を捕まえたくせに、拷問するわけでもなくこんな温かくもてなすとか……絶対におかしいです。
この国の王が……グランツ王国の王が一体何を考えているのかがわかりません」
最後に、はぁ、とため息をもらすと、男の人は「これは、王っていうよりも王子の命令だけどね」と軽いトーンで言う。
「王子?」
「グランツ王国の第一王子、シド・エタンセル。知らない?」
笑顔で首を傾げられ「名前くらいなら……」と歯切れ悪く答えた。
私が知っていることは、とても少ない。
字や数字の勉強は、幼い頃に母が教えてくれたけれど、世界で今なにが起こっているかだとか、流行りだとか。十八歳の私が持っている時事系の知識は、平民の子どもとそう変わらないだろう。
目を伏せた私をおかしく思ったのか、男の人はじっと見つめながら聞く。
「名前。クレアでいいんだよね? テネーブル王国第三王妃のひとり娘、クレア・ソワール」
「……はい」
間違いなく私の名前だ。
「正直、驚いた。クレアの存在は、他の王族と違ってあまり公にされていなかったから、実在するかも微妙だと思ってたんだ。調べているうちに第三王妃が四年前に病気で亡くなったって出てきたけど、クレアのことは名前以外なにひとつ情報がなかったから」
この人がそう考えるのも無理はない。
私の存在は、王宮にいたなかでも極わずかな人間しか知らないから。
〝王宮〟と考えた途端、居心地の悪さを思い出し、それを紛らわすように、腰辺りまで伸びた髪を指先でいじる。
ミルクティーみたいな明るい髪色は、母譲りだった。
「残念ながら、実在します」と小さく言うと、男の人はキョトンとしたあと微笑み、私に向かって歩き出す。
「なんで〝残念〟なんて言うのかわからないけど」
目の前まで縮んだ距離に構えていると、男の人は私の手を取り、その甲に唇を寄せた。
そうしながらも、しっかりと私を捕らえる瞳が柔らかい笑みを浮かべていて、不覚にもドキッとしてしまう。