王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「これが現実で、もしもさっきのシオンさんの言葉が本気だとするなら」
そう前置きすると、シオンさんがすぐに「現実だし本気だよ」と笑ったけれど、気にせずに続けた。
私をキズモノにしてやろうっていう気持ちで言っているならまだわかる。でも……シオンさんはたぶん、そんな人じゃない。
冷たく感じることもあったけれど、この人の声はいつも温度があったから。
「私がテネーブル王国王族だってことを思い出してください。そんな女に気まぐれでも現を抜かしているなんて国王や王子が知ったら悲しみますよ」
膝に置いていたナフキンで口元を拭いながら言う。
「国王や王子は、シオンさんを信頼して王室付きの騎士にしたんでしょうから」
王室付きの騎士なんて、腕のよさだけじゃなれない。
腕が立って、なおかつ信頼の置ける人間だって判断されなければ無理だ。
シオンさんは一見、呑気そうに見えるけれど、今の地位になるまでに相当な努力があったはずだ。
「せっかくシオンさんが積み上げてきた信頼を、こんなことでなくすのはよくないです。正直、髪の匂いを嗅いだりベタベタ触ってきたりする趣向はどうかと思いますが、せっかく剣の腕はたしかなんですから」
そこまで言ってから、視線を上げシオンさんを見た。
「さっきの言葉は聞かなかったことにします。いつか大事な子ができたときに、また言ってあげてください」
そう微笑んでも、シオンさんはしばらく驚いたように呆然とした表情を浮かべていて……そのうちに、ふっとそこに笑みを広げた。
こういう、柔らかい表情が似合う人だなぁとしみじみ思う。