王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「お目にかかれて光栄です。クレア姫」
「……っ、ふざけないで」
一瞬、流されかかった自分に気付き、ハッとしながら手を振り払う。
胸の前で、キスされた手をもう片方の手で抱き締めて睨むと、男の人はそんな私を見て嬉しそうに表情を緩める。
はっきり言って、ここに来てから悪い態度しかとっていないっていうのに……冷たくされるのが嬉しいんだろうか。
こんな綺麗な顔立ちをしているのに変態なのかな……と思いそっと目を逸らした私に、男の人が思い出したように聞く。
「そういえば、テネーブル王国からこの国に来るまで、馬車の外の景色を食い入るように見ていたけど、あれってなんで? 山道が多かったし、そんなに珍しいものがあったとも思えないんだけど」
視線を戻すと、柔らかい眼差しと目が合って……さっきあんな風に手を振り払ったのに、と小さな罪悪感に襲われた。
私はいわば捕らわれの身なのに、そんなに慈悲に満ち溢れたような瞳で見つめられる理由がわからない。
テネーブル王国王族の血筋を絶やす目的で攻め入ってきたくせに、私を生かしたまま連れ帰り、広い部屋を与え、おまけに食事まで準備して……いったい、どういうつもりなんだろう。
わけがわからずにじっと見つめていると、男の人はにこりと微笑む。
「よかったら教えてくれない? なんで、クレアはあの塔に幽閉されていたのか……他の王族と一緒に暮らしていなかったのかを」
どこまでも優しく柔らかい声色だった。
それでも引く気はないようで、自信の溢れる表情で見つめてくるから、諦めのため息をひとつ落とす。
大きな窓から見える空は、もう暗くなってきている。
昨日、グランツ王国が王宮に攻め入ってきたときから、もう一日が経とうとしているのか……と思いながら、口を開いた。