王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
――時間は、昨日の夕刻時まで遡る。
私は、テネーブル王国国王の第三妃のひとり娘として生まれた。
姫なんて呼ばれ方は誰にもされたことはないけれど、立場でいえばそうなるらしい。
私がそれを知ったのは、母が亡くなってからだったけれど。
「おまえ、一応姫なのに全然わがままじゃねーよな。姫っぽくないっつーか」
護衛としてひとりだけ私の傍付きをしている兵士、ガイルが笑いながら言う。
ガイルは相当剣の腕が立つのに、目上の人間への礼儀がなっていない、という理由から昇級できず、ついには私なんかの傍付きにされてしまった残念な兵士だ。
身体は大きく、いつもVの字に首元が開いた黒のシャツと、グレイのズボンを身に着けている。
その腰元には騎士らしく立派な剣を携えているけれど、それを使ったところを今まで私は見たことがない。
「姫とか呼ばないで。だいたい、お姫様はわがままだとか偏見だからね。本に出てくるお姫様はみんな健気で優しいんだから」
「ああ、おまえが気に入ってる本の姫か。たしか、たぬきが葉っぱに願って人間の姫になるっていう……」
「……それ、ただ化けてるだけじゃない」
呆れながら言うと、ガイルはわからなそうに「本当はなんだっけ?」と聞くから、「うさぎが月に願って姫になるの」と、やれやれと言う。
「だいたい、たぬきが葉っぱに願うんじゃ夢がないでしょ」
手元の白い布に、本で見た花の刺繍をしながら言う。
母が亡くなってからというもの、ひとりぼっちになった私を心配してか、ガイルはここにいる時間が長くなった。
私が生まれたときから過ごしているのは、王宮の庭、すみっこにある高い塔だ。
本来なら見張り台として作られたらしい塔の一番てっぺんにある部屋は、ベッドをふたつ置いた他に、食事をとれるようなテーブルが置ける程度の広さがある。
食事は、塔の下までは王宮の使用人が運び、それをガイルが高さ十メートルはあるこの部屋まで運んでくれる。
もしも私がしたら息切れがしそうな作業だ。