王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「じゃあ少し待ってて。羽織れるようなものを持ってくるから」
「あ、私だったらこのままで大丈夫……」
「俺が勝手に持ってくるだけだから。クレアは風を楽しんでていいよ。ただし、飛ばされないようにね」
そう笑ったシオンさんが今まで歩いてきた道を戻って行く。
その後ろ姿を眺めてから、風が吹いてくる方向に視線を移した。
この風は、山から下りてくるものだってシオンさんが教えてくれたけど、上昇気流だとか気圧だとか、聞き慣れない単語が出てきてよくわからなかった。
上昇気流も気圧も、目には見えないらしい。それなのに、こんなにも強い風を作り出すのだからいったい、どんな仕組みなんだろう。
見えない風が、私を避け、うしろへと走り抜けていく。
髪がうしろに流れる感覚。見えない風圧が顔にあたる感覚。
今、自然そのものを感じているんだってことを実感して嬉しかった。
「っわ……」
しばらく目をつぶり、風や風が揺らす花木の音を聞いていると、突然、子どもの声が聞こえた。
驚いて振り向くと、そこには十歳にもならないような小さな男の子が倒れている。
膝を気にしながら立ち上がったところを見て、転んだのかな……と思い近づいた。
着ている服を見ると普通の子みたいだけど……間違えて入ってきてしまったんだろうか。
「大丈夫? 膝以外に痛いところは?」
しゃがんで声をかけると、男の子は目からこぼれた涙を手でぐいぐい拭いながら首を振った。
「大丈夫……。痛くない」
「そう……よかった。強くていい子だね。膝だけ、これを巻いておこうか」
気丈に振舞う男の子に笑顔を向けてから、ハンカチを取り出し赤くすりむけてしまった膝にそっと巻く。
「どこから入ったの?」
一応、この時間は外から立ち入りができないようになってるってジュリアさんは言っていたけど……と不思議に思い聞くと、男の子が自慢げに笑う。