王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない


「あそこの柵のドア、見える? あそこから」

男の子が指さしたのは、中庭の隅にある、鉄の柵で出来た小さなドアだった。

人ひとりが入る幅ほどしかないドアは、何度もここにきている私でも初めて気づくくらいに目立たない。
花の苗なんかの搬入で使うんだろうか。

「あそこよじのぼって入った。衛兵のひとがこの周りグルグルしてるから見つからないように気を付けて」
「よく登れたね……」

見る限り、他の塀と同じくらいの高さがある。

二メートルはあると思われる鉄格子をよじ登るなんて……と驚いていると、男の子が言う。

「柵のドアの近く、今、木の枝が伸びてるから。柵は登りにくいから、途中からは木に移った。でも、たぶんそのうちあの枝切られちゃうから、そうなるともう登れなくなっちゃうけど」

たしかに、敷地内から外に枝が伸びているから、それを伝って入ったんだろう。

でも……子どもがすんなり入れちゃうのはどうだろう、と少し心配になる。
もしも悪事を働こうとして入る人がいたら、と。

「膝のケガ、帰ったらきちんと水で洗ってね。ばい菌が入ったりしたらもっと痛くなっちゃうから」
「うん……あ。このハンカチ、絵が描いてある」

男の子が言ったのは、私が縫った薔薇の刺繍だ。

あの塔を出てからは道具がないから刺繍はできていないけれど、それまで貯めていたものはこっそり持ってきていたからこうして使っている。

男の子は赤い薔薇の刺繍を見て、目をキラキラとさせていた。



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