王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「あまりどの花が好きとか思わないけど。俺も、好きになった。ところで、今の話ってテネーブル王国の童話かなにか? 初めて聞いた話だったけど」
それもそうだろうなと思いながら笑う。
だって、この話は。
「母が書いたお話なんです。私に、字や文章を教えるために」
「え……」
「塔の中には勉強の本はなかったし、その頃は傍付きの騎士はガイルじゃなくて私たちに厳しくあたる人だったから、お使いなんて頼めなくて。だから、母が書いてくれたんです。教材代わりに」
瞳の中に驚きを広げるシオンさんに、微笑む。
「一ページ一ページに絵が描いてある、可愛い本でした。小さな私が飽きないように、時間をかけて描いてくれたんだと思います。
いつか、ガイルに見せたら笑われちゃいましたけど。母は、絵があまり上手じゃないから。うさぎの耳も手足もしっぽも、みんな同じ長さで……白い星みたいになってました」
母が亡くなってから読み返したその本は、たしかに下手な絵が目立っていて私も思わず笑いそうになったけれど……決して上手ではない絵が温かくて、結局こぼれたのは涙だった。
「塔と一緒に燃えちゃったでしょうけどね。その本に出てくるお花の名前がずっと気になってたんです。だから……今、すごく嬉しいです。母はきっと、この花を思って描いてたんだってわかって」
ふふっと笑みをこぼしながら、目の前で揺れるマーガレットを眺める。
母も塔で幽閉される前、きっと同じようにマーガレットを眺めたのかもしれないと思うと、母の思い出に触れられた気がして不思議な気持ちだった。