ホテルの“4つのクリスマスストーリー”
――2年前――
『もう11月も終わりですね、早いなぁ。・・・今日はどんな気分?』
顔見知りのバーテンダーがドリンクメニューを渡すことなくわたしに尋ねる。
来るたび「こんなのが飲みたい」と頼んで作ってもらっていたら、いつしかそんな心地よいやりとりが定着した。
「う~ん、なんか甘いの、作っていただけますか?」
『疲れてるのかな。じゃあ、金曜日だし、甘め強めでお作りしますね』
そうしてわたしのためのお疲れ様ドリンクを調合し始める。
バーテンダーの人たちがフレンドリーなのも、このバーが好きな理由のひとつだ。
『あ、そうだ。僕の考えたカクテルが社内コンペで勝ったんです。来月のクリスマスカクテルとして出るから、時間があったら飲みに来てくださいね』
背が低めのグラスに沢山のクラッシュアイスが入り、水色の綺麗な液体が注がれる。
カウンター越しに差し出されるのは、ベタつく甘さが苦手なわたしにも飲みやすい爽やかなカクテル。
少しアルコールが強いけど、金曜日という安心感でゴクゴクと飲み進めてしまう。
『窓際席、空きましたよ。移動します?』
バーの窓際席から街を見渡すのがどんなにワクワクすることなのか、いちどバーテンダー相手に熱く語ったことがある。
それがよほど印象に残ったようで、窓際席が空くといつもこんな粋な提案をしてくれるのだ。
窓際席に移り3種のアペタイザーが盛られたプレートをつついていると、背が高めですらっとした男性がこちらへ近づいてくるのをなんとなく背中で感じた。
『待ち合わせ?』
いかにも上質そうな素材の白シャツにグレーのスラックスを身に着けたその彼は、わたしの斜め後ろに立って少し顔を傾ける。
「いえ、違いますけど・・・」
突然の出来事にキョトン顔で振り向き、妙に律儀なところのあるわたしは嘘を付くこともせず条件反射的にきちんと質問に答えていた。
『隣、いい?』
何、この人。バーで話しかけてくる人なんて、本当にいるんだ。クラブじゃあるまいし・・・。
少しだけ遊んでいた若い頃を思い出したら、苦笑いしてしまうような記憶が芋づる式に掘り起こされて呆れた気持ちになってきた。
「なんなんですか?」
いつもより強めのアルコールのせいか語気までいつもより強くなり、妙につっかかってしまう。
『ごめんごめん。女の子がひとりでいるなんて珍しいから、つい』
『ここ、酒も料理も美味しいし俺よく来るんだ。東京タワーも綺麗に見えるしね』
こんなのただのナンパだとわかりつつもわたしが好きなポイントを次々と列挙するものだから、話したくてウズウズしてくる。
「いいですよね。わたし、ここの窓から眺める景色が大好きで・・・あっ・・・」
気付いた時にはもう遅い。いつも考えるより先に突っ走ってしまう生き癖のせいで、わたしは思わず威勢良く話し始めていた。