ホテルの“4つのクリスマスストーリー”
イヴ当日、この日のために買い揃えたワンピースと靴に視線を2往復ほどさせてそれらをクローゼットにしまい、一応はよそ行き用の黒いセットアップとヒールを身に付けてホテルへと向かう。
待ち合わせ場所のロビーに入ると、ジャスミンや白檀の甘さと爽やさが入り混じった上品な香りに包まれ、それだけでまずは嗅覚が、非日常にいざなわれてゆく。
ベーカリーでは、某TV番組で紹介されてから1日に何百本も売れるというカレーパンが、ちょうど焼き上がったようだった。
優しく曲線を描いたインテリアと差し色の紫がどこか和の雰囲気を漂わせるラウンジには、昼下がりのアフタヌーンティーを楽しむマダムが散見される。
なんと言っても今日はクリスマスイヴ。ここも夜になったら、カップルで溢れかえるんだろう。
程なく、いつもより少しだけ着飾った様子の親友が、パタパタと両腕の袖口を持て余しながらこちらへと向かってくる。
「独り身は人肌恋しいでしょ?キングサイズのベッドで寄り添って寝ようよ~」と、結局わたしは彼氏のいない親友にすがって来てもらったのだった。
付き合いの長い親友はわたしの気持ちを察して、直前の誘いにもかかわらず快諾してくれた。
エグゼクティブフロアに泊まるゲスト専用のラウンジでチェックインを済ませると、早速部屋へと案内される。
黒いパンツに赤いジャケットというオリエンタルな制服をまとったベルガールが丁寧にドアを開け、わたしたちは部屋に足を踏み入れた。
『素敵・・・!』
思わず彼女が声を漏らす。
シンプルなインテリアと、随所に配置された現代アートのような家具が、部屋にユニセックスな雰囲気を漂わせていた。
ごゆっくりお寛ぎください。良いクリスマスイヴを。と、ベルガールがお辞儀をして部屋を後にする。
『これは、あの人と来たかったね』 そう言って彼女はわたしの頭を撫でた。
彼とは何回も会っているから、わたしたちの関係もよく知っている。
なんて男前な親友なんだろう。わたしの恋人は、この人なんじゃないだろうか?
彼女といることへの安心感がわたしを油断させて、大粒の涙が目からぼろぼろとこぼれた。