ふたりのアリス
鳩子の生家、神宮司家は古くから続く名家である。

大金持ちではないが、世間一般でいうところの「お嬢様」として彼女は育った。

幼い頃から海外で何ヶ月間か暮らすことも多かった為に、今では英語とフランス語が話せる。
父の司は多忙で家にいない事が多かったので、神宮寺邸では母と鳩子の母子で暮らした時間の方が長かった。

鳩子は高校から4年間、フランスにヴァイオリンの音楽留学していた。
フランスのアパルトマンでは家政婦がついていてくれたので、鳩子は家事一切をやった殆どやった事がなかったので、一人暮らしは今回が実質はじめてになる。

(帰国する事になって・・・源三には悪いけど、内心ではホッしてる)

これで堂々と日本に帰ってくることが出来たのだ。

日本では小さい頃からの教育のお陰か、コンクールでいくつか賞をとる事が出来た。
周りの人は大いに鳩子を持ち上げ「天才少女」などと呼ばれていた。

鳩子は「天才少女」と呼ばれることには大して興味がなかったが、ヴァイオリンだけは父が誉めてくれた。

父は、とても厳格な人でいつも眉間にしわを寄せていた。
幼い鳩子は、滅多に帰って来ない父が、たまに自宅にいると萎縮してしまい息を潜めていた。


確か、あれは初めて賞をとった日の晩だった。
当然コンクールには父は来なかったのだが、帰宅すると珍しく父が居間にいた。

何故、父がいるんだろう?予想外の事だったので、ポカンとしていると父が話しかけてきた。

「鳩子」
「は、はいっ」
「ヴァイオリンで優勝したそうだな。おめでとう」
そういうと父は背中にかくしていたテディベアのぬいぐるみを鳩子に手渡した。

私は驚きのあまり、咄嗟に反応ができなかった。
父は作品が展覧会に出品された時も、書道で一番をとった時も「そうか」と言っただけで、何の反応もしてくれなかったからだ。

「よく、頑張ったな。これからも練習を沢山して、もっと上手くなりなさい」
「はいっ!お父様っ!」

私が満面の笑みで返事をすると父は頭を撫でてくれた。

(お父様が誉めてくれた!私にプレゼントをくれた!)

その日から鳩子はヴァイオリンの猛特訓をするようになった。




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