ふたりのアリス
(今まで忘れていたけど、私は、父に誉められたい一心でヴァイオリンの練習に励んだのか・・・)

源三が帰り一人、お茶を飲んでいると今までの事が走馬燈のように蘇ってきた。


それから父はヴァイオリンに関する事だけは誉めてくれた。
逆に言うと、それ以外については殆ど無関心な様だった。

高校進学の時、「天才少女」と呼ばれるようになっていた鳩子に音楽留学を勧めたのは父だった。鳩子は正直不安だったが、父が強く勧めるので、段々自分でも乗り気になり留学する事を決意した。

そういえば、皆が留学に賛成する中、母の薫子だけは不安そうな顔をしていた。
「鳩子。あまり根を詰めて焦っては駄目よ。音楽は上にいく事だけが全てじゃないのよ」


やがて鳩子は留学先のレベルの高さに自分は井の中のカエルだった事を思い知らされた。次々にコンクールに出てみるものの、結果は出ない。「天才少女」も本場では全くと言っていいほど駄目だった。自分の力に限界を感じていた矢先に、帰国の話がきたので、まさに渡りに船だった。

(これからは普通の女子大生として生活すればいい。過酷なレッスンもないし、賞がとれなくて悩むこともない)

しかし鳩子の心は晴れなかった。
物心ついてから、ずっとやってきたヴァイオリン。
もう嫌だと思って日本に帰ってきた筈なのに、いざやらなくなると心に穴が空いたような寂寞感が鳩子の胸に募っていた。

(私は逃げてきたんだ・・・)

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