サンタクロースは君だった
 閉店作業を終え、帰路につく。電車で15分、そこから徒歩7分。歩くのは嫌いじゃない。
 ラストライブの録画予約はしてきたはずだ。これが見納め。クリスマスイブに見納めなんて、なんとも切ない話だ。1人で過ごすことも切ないかもしれないが、それがこれほど度重なればもはや切ないなどという感情すら湧き上がってはこない。
 少し古びたアパートの二階、204号室がひかりの部屋だ。階段を上ると、なぜか204号室前に座っている人がいる。紺のダッフルコートにグレーのマフラー。焦げ茶色の髪がふわりと揺れた。ゆっくりと視線を上げた人が男だとわかる。そしてその瞳を見て鳥肌が立った。

「っ…え…ま、待って…あなた…」
「僕を覚えてる?」

 覚えてる、ではなく知っている。だってあなたは…。

「冬木…レオン…が…なんでここにっ…。」

 鳥肌が消えてくれない。身体が寒さではないものに反応して震える。目の前の彼は、少し切なそうに笑って言葉を続けた。

「待ちくたびれたよ、ひかりちゃん。僕のこと、覚えてる?」

 同じ問いかけだ。しかし、問いかけたいのはこちらの方。

「な、なんで名前…!」
「美潮ひかり、29歳、住んでるところはここ。そして冬木レオンのファン。ここまでは知ってるよ。」
「だからどうして…!」
「僕が君に会いに来るために、必要だったから。」

 ふわりと笑った顔に溶けた雪。彼の鼻はお馴染みのクリスマスソングのトナカイのように赤くなっていた。

「っくしゅ!さっむ…。」
「いつからここに…。」
「ライブ終わって挨拶してからなるべく早くと思ったから…3時間くらいかな。電車に乗ってもバレないバレない。」
「か、風邪ひいちゃう!とにかく中入ってください!」

 我ながら大胆な申し出だと思う。冬木レオンを家に招き入れるなんて。しかし、自宅以外にどこか行くあてなどなく、ひかりは玄関を開けた。

「…ありがとう、ひかりちゃん。」
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