サンタクロースは君だった
『苗字は忘れていましたが、名前が一致し、そして感想のところには僕の声を聴くと懐かしい男の子を思い出すのだということが書かれていました。「勿忘草」を聴くと、特によく思い出すと。驚きました。僕もよく記憶している、思い出のエピソードをそっくりそのまま書いていたんです。』
『ますますすごいじゃないですか!そんな偶然…!』
『いや、本当に。ようやく届いたっていう気持ちで、とにかくすごく嬉しかったです。音楽を続けていて良かったと思いました。でも、それを思ったと同時に一つの終わりが見えてしまったんですよね、僕の中で。』
『終わり、ですか?』
『はい。僕の歌は彼女に届けるためのもので、全ての曲のどこかしらに彼女がいます。全て…ではないか、原作のあるものや、そういうあらかじめ決まった媒体用に作る音楽は、そういうサンプルをいただいてからイメージを起こすこともあるので彼女の存在は薄くなりますが、僕が自分のシングルやアルバム用に曲を作ると、どうしても彼女の色が濃くなります。切ない歌詞が多いのは多分、そのせいですね。経験していないものは歌詞にできない、音に出来ない。…そういうタチなので。でも、ついに届いてしまった。曲に乗せなくても、言葉で彼女に気持ちを伝えられる自分に気付いてしまったんです。そして、彼女に会える以上、今まで作った歌をお客さんのために歌うことが以前のようにできなくなると思いました。』
『お客さんのために歌えない?』
『彼女のためだけに、歌いたい。そんな傲慢な願いをもつようになりました。というか、そもそも僕が歌っていたのは最初から彼女のためだったってことに改めて気付かされて、それはそれでお客さんには失礼なことをしていたなって…反省もしました。それってプロのやることじゃないです。プロなら、個人的な感情と仕事は割り切って然るべきだと少なくとも僕は思っています。だから、やっぱり僕はプロになれないと思いました。でも、音楽を作ることは好きだから、作り続けたいと思って今の位置で仕事をさせてもらっています。』
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