栞の恋

“チンッ”

ちょうどまた、目の前のエレベーターの扉が開き、中から数名の乗客が下りてくる。

瞬間、目の前の彼が自然に栞の肩に優しく触れ、エレベータ―からの人の流れから少し離れた場所に誘導する。

あまりにスマートな彼の立ち振る舞いに、思わず心臓が飛び出しそうになるが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

ただ、この歳で、男性に肩を触れられたくらいで飛び上がるほど男性慣れしていないわけではないけれど、何故か顔が赤面してしまい、誤解を招いたのかもしれない。

『ごめん、馴れ馴れしかったね』
『いえ、全然平気です』

却って、気を使わせてしまった気がして、努めて何でもない風に返答する。

移動した先は、エレベーターホールの真横にある小スペースで、窓一面がガラス張りになり、その向こう側には、横浜みなとみらいの夜景が広がって見える。

そこは、夜景がよく見えるようにするためか、他の場所と比べて、ラッキーなことに照明が暗く落とされていて、先程と比べ、お互いの顔がよく見えなくなった。

だからか、少し緊張がほぐれ、ふと彼の手元の紙袋が目に入り

『すごい量ですね』
『ああ、これ？たまに大人買いしちゃうんだ』

紙袋を軽く持ち上げて、照れくさそうに言う。

『周りの連中は、そんなに量、読みたいなら電子書籍にでもすれば？て言うんだけどね。どうも、ああいったものじゃ、本を読んだ気がしない』
『わかります。私も本当に読みたいものは手に取らないと…何というか…』
『質感が感じない？』
『そう！そうなんです。本をめくるときのあの感覚がたまらなく良いんですよね！…あ』

つい興奮して子供みたいなことを言った自分が恥ずかしくなり

『すみません…』
『いや、わかるよ。僕も全く同じだからね』

黒縁眼鏡の奥の瞳が優しく笑う。