栞の恋
高橋さん(の妄想)によると、インドア派の私には、同じインドア派の《彼》がお似合いらしく、例えば週末のデートも、二人でどこに行くでもなく、どちらかの家でまったりと、お互い着かず離れずの距離で、別々のことをしているのが、ベストとのこと。

正直、妄想とはいえ、自分の理想系に近いのだけど…。

高橋さんの妄想話は、さらに続く。

『それも、ちょっと大きめのオシャレな本屋で、短時間じゃなく長めにいろんな本を見て回って、最終的には、1~2冊とかじゃなくて、大量にいろんなジャンルの本を買っていく人ね』
『紙袋とかで?』

同僚のエリカまで、まんまと高橋さんの妄想に捕まってしまう。

『そうそう!本屋なのに紙袋ね』

あまりに具体的すぎて、いつの間にかそこにいた他の社員も、本屋で本を探す男性が脳裏に浮かんできてしまうのだから、ここまでくると、高橋さんの妄想も天才かもしれない。

『ちょっと由紀ちゃん、笹森さん困ってるんじゃない?』

思わず呆気にとられ黙っていたら、
女子更衣室の重鎮、“翔子さん”が、高橋さんを嗜める。

『あ、ごめん、ごめん。妄想しすぎた?』
『いえ、全然大丈夫ですよ』

そう言いつつも、いつの間にか、自分自身も妄想の世界に引き込まれてしまっていたのか、

『…でも、もし、もし仮にそういう人が本屋さんにいたとして、どうやって、その…進展するんですかね?』
ありえないとわかっているのに、さりげなく対処方法を聞いてしまう。
『それは…』

言い淀む高橋さん。やはり高橋女史の鉄壁の妄想物語もここまでか。どうやら、その先の展開までは、出来上がっていない様子。

『そこから先が、重要じゃないですかぁ?』

エリカが、絶妙なタイミングでツッコミを入れる。
苦肉の策なのだろう

『そこは…私がフォローする』と、小声で高橋さん。
『なんだ、そこでおしまいかぁ』

ガッカリしたエリカの声を聴きながら、ただの妄想話なのに、なぜかホッとしたような、残念なような気がするから不思議だ。
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