栞の恋
結局、高橋さんが、詰めの甘さをみんなに責められたところで、ランチタイムが終わる時間が近づき、各々が午後の業務に備えて準備をし始め、終わった人から次々に更衣室を後にする。

昼休み終了まで、残り5分。更衣室のある2階に自分の執務室がある高橋さんは、まだのんびりと畳の部屋で足を伸ばしている。

相変わらず呑気な人だ。自分も、そろそろ3階の執務室へ戻ろうと、更衣室のドアを開けると

『栞ちゃん』

高橋さんに呼び止められる。
ドアに手をかけたまま振り向く。

『太い黒縁眼鏡だからね』
『は?』
『彼のイメージ』

ああ、まだ続いていたのかと、少々うんざりしながらも

『わかりました。覚えておきますね』

笑顔で大人の対応を忘れない。

『間違っても、銀縁じゃないよ。黒縁ね』

ドアを閉める直前にも、後ろから高橋さんの念を押すような声が聞こえたけれど、もう相手をしている時間が無いの
で、今度は聞こえないふりをして、返事は返さなかった。

3階に上がる階段を昇りながら、高橋さんのいかにも人の良さそうなぽっちゃり姿を思い出し、“あの人、あれ(妄想)さえなければ、ホント良い人なんだけどなぁ”小さくため息を付く。


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