ある雪の降る日私は運命の恋をする
今日、俺は午後の外来当番で、午後はほぼ病棟にいなかった。

やっと今、医局に戻ってきたと思ったら陽向が小走りでやってきた。

「楓摩、朱鳥ちゃんが呼んでるぞ。なんか、俺が直接聞いたわけじゃ無いけど、ずっと"怖い"、"楓摩"って泣いてるって看護師さんが言ってた。」

「朱鳥が?…わかった。すぐ行く。」

どうしたんだろう。

最近は落ち着いていたけど、また怖い夢を見てパニック発作を起こしているのかもしれない。

駆け足で朱鳥の病室へ向かうと、大きな声が聞こえてきた。

「いやあっ……やめてっ!!…楓摩…………楓摩……」

コンコンッ

ガラッ

「朱鳥ー?どうしたー?」

病室に入ると、朱鳥は涙を流しながら必死に叫んでいた。

病室には橘さんがいて、必死に朱鳥をなだめようとしてくれているが、朱鳥は聞く耳をもたないほどパニックになっているようだ。

「朱鳥、朱鳥ー、大丈夫だよー。楓摩、来たからねー。落ち着こ?ね?」

急いで朱鳥の事を抱きしめる。

すると、朱鳥は一瞬ビクッとしてから、すぐに落ち着いた。

それを見て、橘さんもホッとしたような表情を浮かべた。

でも、俺が抱きしめるのをやめると、朱鳥はすぐに泣き出してしまう。

「朱鳥?どうした?大丈夫?」

そう言って、また抱きしめてやると、すぐに収まる。

これもパニック発作の一つかな……

とりあえず、朱鳥を抱っこして、眠らせようとする。

だけど、朱鳥は眠ろうとせずに、ずっと俺の肩に顔を埋めてスリスリとしている。

「朱鳥ー、大丈夫?どうしたの?」

「………………怖かった……」

「ん?なにが怖かったの?」

「……夢…」

「また、昔の夢見ちゃったの?」

コクン

「そっか。」

そう言って俺は、1度朱鳥をベッドに寝かせようとする。

すると

「やあっ……行かないでっ!!…楓摩……一緒に居てっ………はぁっ…はぁっ……怖いよぉ…………」

「朱鳥ー、大丈夫。俺はここにいるよ。大丈夫だからね。落ち着いて。」

どうしたんだろう。

今日は、いつもより怯えている。

俺は朱鳥と少し話したかったので、橘さんには悪いけど戻ってもらうことにした。

「橘さん、すみません。朱鳥、こんな様子なんで、ちょっと席外してもらってもいいですか?」

「はい。わかりました。」

橘さんはそう言ってニコッ笑いながら病室を出ていった。

再び、朱鳥の方に戻る。

朱鳥は、なにかに怯えるように震えながら、目を瞑り、
唇をキュッと噛み締めて涙を流している。

「朱鳥、大丈夫?今日の夢はいつもより怖かった?」

コクン

「…俺に、話せる?」

そう言うと、朱鳥は少しだけ目を開けて俺の事を見た。

「…………助けて…楓摩……」

「うん」

「……もう…………やだよ…」

「うん」

「…こんな怖い事、思い出したくなかった…………」

「うん」

「……あのね…私ね………昔……1回…殺されかけたの…………」

そう言った朱鳥の目にはあきらかに、怯えの色が浮かんでいた。

「…………昔……おじさんに…何回も……何回も………殴られて…蹴られて……その後…………カッターでね………お腹とか…腕とか……切りつけられて…………痛くて…怖くて……泣いたら………もっと切られた……」

俺は、震えながら話す、朱鳥の背中を擦りながら話を聞き続けた。

「……それでね…………気付いたら…病院にいて……なんか…………手術…したって言われて……その後、退院したらね…………また……おじさんが…"なんで、手術なんか受けてんだ"、"お前は、なんでそうやって俺の金ばっか使うんだ"って怒られて……また…暴力…………振られた。」

「…………それを思い出しちゃったの?」

コクン

そう頷いた朱鳥を俺はそっと、抱きしめた。

すると朱鳥は、さっきよりも、大粒の涙を流して泣き始めた。

「…楓摩……怖いよぉ…………もう、寝るのが怖い………嫌だよぉ…」

そう言って泣き続ける朱鳥を、俺は黙って抱きしめ続けた。
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