神恋〜恋に落ちた神と巫女〜
私は意を決して、奏を力いっぱいに押し腕を振りほどいた。
目の前には私より何十倍も大きい生き物とは思えない黒い気体。
その気体は鋭い槍のような形に変化すると、私めがけて真っ先に向かって来た。
「月夜‥‥!!」
取り込まれる事を受け入れ、ゆっくりと目を閉じる。
どうしたって、桔梗からは逃れられない。
私が取り込まれれば、本堂家は誰一人いなくなってしまう。
つまり、この因縁ともさよなら出来る。
終止符を打つことが出来るんだ。
そして聞こえる「グサリ」と刺さる音。
刺されたのは自分ではないと目をとっさに開けると、
「月夜‥お前は死ぬな‥生きろ‥‥!!」
私を庇った奏の胸には突き刺さるあの黒い気体があった。
(あ‥‥血が‥‥死んじゃう‥‥、)
「ダメ‥死んじゃやだ‥‥私一人はいやだ‥‥」
倒れこむ奏の手をぎゅっと強く握る。
胸からは鮮血が溢れ、着物が赤く滲んで行く。
心臓を狙って来たと言う事は、殺しに来てる。
ズルズルとその黒い気体は奏をゆっくりと中へと取り込んで行く。
(奏も‥‥私の前から居なくなるの‥?)
「月夜、その手を離せ」
「嫌だ私も一緒に行く」
涙でぐしゃぐしゃになった顔。
必死に奏にしがみ付いた。
奏まで私の前から居なくなるのは嫌だ。
「私一人でどうすれば良いの‥‥」
「涙などお前には似合わない」
溢れる涙を拭ってくれる奏の顔は、最期までとても優しい表情で。
「俺は月夜だけを想って来た。
良い加減、思い出せ月夜。」
体の半分まで取り込まれている。
もう助からない。奏は助からない。
そう思うと余計に涙は止まらなくて。
「花のように艶やかに己を咲かせて生きていけば良い」
そんな笑顔はずるい。
最期にそんな笑顔を見せるなんてズルイよ、奏。
「私、奏が好きだよ。夫婦になろうって冗談で言われた時本当は嬉しかったんだよ。奏は私の事好き?夫婦になりたいって思うくらい好き?」
嗚咽でうまく喋れない。
本当にズルイのは私かもしれない。
奏が私を好きだって、愛してくれている事なんて分かってるのに言わせようとしてる。
でも最期だからこそ、聞きたい。
「お前が好きだ、お前だけを愛してきた。夫婦になろうと言ったのは冗談では無い。
だが悪いな、その願い叶えられそうに無い。」
初めて見る奏の涙。
泣く姿さえもカッコよくて、美しかった。
重なる唇。
私の頬に手を添える奏の手は珍しく冷たくて。
ああ、死んじゃうんだって何と無く悟った。
誰かが死ぬ瞬間を目の当たりにした事なんて無いから分からないのに、そう伝わって来た。
「さよならだ、月夜」
そんな声が聞こえたと同時に、遂に奏は桔梗に取り込まれてしまった。