Locked room of noise~音の密室~
プロローグ
「勿論、あの事です。」
落ち着き払った真子の声。
「あの事って──」
うろたえた様な男の声。
「あたし、ようやく決心がつきました。」
「決心って?」
「子供は産むつもりです。」
「在末(ありすえ)くん…。」
「そんな顔なさらないで下さい。大丈夫です。先生にはご迷惑はおかけしませんから。」
「在末くん、ちょっと聞いてくれ──」
「今、コーヒーでも煎れますね。」
真子の声が遠退いた。カチャカチャと陶器の触れ合う様な音がする。
「子供は1人で育てるつもりです。大学を辞めて働けば何とかなると思います。」
「君ね……。」
「言うまでもなく、佐藤教授に告げ口するつもりなんかありません。そんな事をしたら、先生と教授のお嬢さんとの婚約は間違いなく破棄されるでしょうし、先生の学内での立場も何かと不利になってしまいますものね。佐藤教授に睨まれたら、どんなに努力をしても、教授になることは難しいという話を聞いたことがあります。安心して下さい。あたし、そんな事は絶対にしませんから。その事をご報告したかっただけです。」
男は何も答えなかった。
その時、遠くでパーンという音がした。