雪解け花咲く
雪解け草
「華、この場所だけ何も咲いていないのはなんで?」
そう言う私の気持ちは不可思議でならない。この辺一帯には多彩な花が千姿万態に咲き乱れている。それに比べてこの場所には何もない。いや、正確にはある。この場所には咲くはずだったはずの花のネームプレートが置かれている。
『雪解け草』
名前を見ても形、色、匂いの何一つ想像つかない。私はこの花を見たい気持ちで胸がいっぱいになる。
「育てるのに失敗したんだよ」と無邪気な笑顔でバッタを触っている華の空返事はいつも通りだ。どうやらこのことに関して何も疑問を持たず興味はないらしい。
「失敗じゃないよ。まだ、準備期間なの」と言うのは私の大好きなお母さん。お母さんは優しくて、声が暖かくて、物知りで、いつでもどこに行くにもずっと一緒。私より歩くのが早いお母さんの背中を見ながら小走りで走って追いかける。得意げに追い抜かすと優しく微笑んでくれる。小さい私が感じる大きな幸せだ。
「この花が咲く条件はまだ誰もわからないの。咲くのは十年に一度、もしかしたら百年に一度かもしれない」と言うお母さんに私は疑問を投げかける。
「本当に咲くのかな?」
その質問を聞いたお母さんは頭を優しく撫でてくれる。
「そーね、この花の事はこの辺りにしか伝わっていないから伝説かもしれないわ。でもね、こういう言い伝えもあるの。“雪解け草咲きし場所にて幸せは訪れる”そう考えると、この伝説を追ってみるのもロマンチックよね」とお母さんはいたずらっぽく笑いかける。
「うん」と元気よく返事した私は話の全てを理解したわけではない。ただ、お母さんの表情でいい意味か悪い意味かぐらいは五歳の私でも予想がつく。
「私がお母さんに絶対に見せてあげるからそれまで死んじゃだめだよ」
「お母さんのこと好きなのは嬉しいけど結婚はして欲しいな」
 そういいながら口を尖らせるお母さんがたまらなくかわいい。思わず私はお母さんの胸に飛び込む。長い髪から匂ういい匂いにうっとりする。結婚したいという願望は性別の問題であっさりと打ち破られる。そもそも親子だしね。
 「俺が見せてやるよ」
 先ほどまでバッタとじゃれていた華が会話に入り込んでくる。興味はないながらも話はしっかり聞いていたらしい。
「やだ、私がお母さんに見せるの」
 「お前は母ちゃんに見せてやんだろ? 俺はお前の為に育てて見せてやる」
 私の頬がほんのりと赤く染まっていくのがわかる。その原因はきっと暑さからじゃない。そう考えた私は恥ずかしくて悔しかった。お母さんの懐に深く潜り込みこれからの人生を頭の中で描いていく。
きっと悪くない。
 そう信じて疑わない夏。
 
『雪解け草』を知った夏。
 
『雪解け草』が咲かない夏。
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