吐息のかかる距離で愛をささやいて
「食べにくい。」


そう言われて、相手の顔を凝視していたと気づいた。



「どうした?何かあった?」



「いや。別に。」



後輩に昔のことを思い出させられて、この家に来た経緯について考えてたとは言わない。



「そう」


俊はそれ以上何も言わなかった。

いつもそうだ。この男は何も聞かない。



自分の作った親子丼を黙々と食べる。


その動作は無駄がなく、見ていて綺麗だ。

髪はぼさぼさで無精ひげ生えてるけど。



「食べないの?」

「食べる。」


促されて私も箸をつけた。



「美味しい。」


ぼそっと漏れた感想に、俊は何も言わずほほ笑んだ。


「そういえば、お風呂がピンクだった。」


「あぁ、あれ?サンプルでもらったんだ。」



ふーん、と納得しかけて次に驚く。


「好きだろ?バラの匂いとか?」


「何で知ってるの?」



確かに、私は、ハンドクリームとか芳香剤とかにバラの香りがするものを選ぶ。


でも、それを俊に言ったことはないし、この男が気づいてるとは思ってなかった。



「それくらい、一緒にいたら気づくだろ?」


その言葉に私は何も返さなかった。いや、返せなかった。


何だか、くすぐったい。


「俊も入ったの?ピンクのお風呂。」


くすぐったさを誤魔化す様にからかい気味の言う。


「はいらないよ。キモいだろ。バラの匂いのするおっさんとか。」



じゃあ、あのお風呂は私のためなの?という言葉は飲み込んだ。


この男はいつもそうだ。

なぜここまで私を甘やかすのだろう?



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