吐息のかかる距離で愛をささやいて
田内健二とは私の元婚約者である。


彼は、私と婚約破棄した後、九州の方に転勤になっていた。



婚約破棄してすぐの転勤だったから、破棄する前から打診があったはずなのに、何も知らなかった私。結局彼にとって私はその程度の存在だったのだと思い知った。


きっと彼は、転勤をきっかけに私を捨てるつもりだったのだろう。



その彼が帰ってくる?




「彼、帰って来るの?」


「えぇ。」



「でも、正式な内示はまだじゃないの。なぜ二人が知ってるのよ?」



と聞いて愚問だったと気づいた。



秘書課主任と、社長令嬢だ。内示より早くそういうことが耳に入ってもおかしくない二人だった。



「本社に帰ってるわけじゃないの。でも東京には帰ってる来るのよ。」



それを聞いて思わず安堵のため息が出た。



別に未練があるわけじゃないが、会いたくはない。



加えて、元婚約者だと知っている人がいる本社で一緒に働きたくなどない。



「というか、何でその話が俊と関係してくるのよ?」


今の話から先ほどの質問の意図は見えない。



「田内君が会いたいって言って来たらどうする?」


瑞穂の問いに驚いた。


「今更?何のために?」


一瞬、謝罪と言う単語が浮かんだが、私は別に謝罪もしてほしくはない。



むしろ、なぜ瑞穂は健二が私に会いたがっているなんて思ったのだろう。



「奥さんとうまくいってないみたいよ。」


「え?」


意外な事実に私は驚いた。
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