痛快! 病ンデレラの逆襲

「分かったな、姫……というわけで、もうすぐ鳳凰に着く。心して婚約者になり切れ。あっ、それから俺のことは社長と呼ぶな」

何だ演技か。もう始まっていたのか。
何事が起ったのか、と一瞬息が止まったぞ! この殺人鬼め!
息を吹き返したゾンビように、ハフーと息を吐き訊ねる。

「では、何とお呼びすればいいのでしょう」

「そうだな、名前呼びは突然過ぎて絶対お前は詰まる。だから……そうだ、殿と呼べ。俺は姫と呼ぶ」

時代劇か? まぁ、名前呼びよりはマシか。

「承知しました。殿様」

殿様って、と苦笑しながらも、しょうがないか、と首を振り、社長は車を発車させる。

鳳凰本社ビルは地上三十八階、地下二階のまだ新しいビルだった。

「五年前、現社長がここに移転した。儲かっている証拠だ」

フロント受付で受付嬢に軽く挨拶しながら、社長は来訪者名簿に必要事項を記入する。

どうやら彼女たちと社長は顔馴染みのようだ。
フランクに社長と接する彼女たちに何故かムカつく。

「殿宮様、本日、総帥は社長室でお待ちです」

ネックホルダー式のICカードが二つ、社長に手渡される。

「了解しました。ありがとう」

社長が極上の笑みを浮かべると、たちまち受付嬢たちの頬が真っ赤に染まる。

フン、似非紳士が! ムッとしながら社長が掛けてくれたコートを脱ぐ。

ハァ? と受付嬢たちの目がコック姿の私を見る。
案の定だが、何故コックがここにいるのだ? みたいな顔をされる。

私もできるなら着替えてきたかったわよ! と怨恨の眼を社長に向ける。

だが、彼女たちの目が薬指の指輪に移ると、そのあまりの立派さに、美しい顔が間抜け面に変わり、思わず吹き出しそうになる。

そうよ、人は見かけによらないものなのよ! と高笑いを上げ、声を大にして叫びたかったがグッと我慢する。

更に社長の腕が私の腰に回されると、エッ! と呆けた顔に驚愕の色が浮かぶ。

「あのぉ、不躾ですが、そちらの方は?」

受付嬢の一人が、たまらず口を開く。さもあらん。

「彼女ですか」

満面に甘い笑みを浮かべ、腰に回した腕に力を込め、更に私を引き寄せる。

「私の婚約者です」

サラッと答え、「では」と歩き出す。

後ろをチラッと覗き見ると、残された受付嬢たちが口をポカンと開けている。
あーあっ、魂がお出掛けしちゃったのね……。可哀想に。演技なのに。

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