鬼麟
両手を頭の上で押さえつけられ、あまつさえのしかかる蒼によって足も動かすことができない。

耳元に寄せられた口がゆっくりと息を吐き出す。

「だから、さ。……誘わないでよ」

甘く、蕩けるような声音に、擽ったさを覚える。

可愛い蒼はどこへ言ったんだと言いたくなるようなその変貌ぶりに、私は首を振ることしかできずにその手から逃れようとする。けれど、逃がすまいと掴む手の力が増す。痛くはないのは、彼なりの優しさなのだろうか。

「俺が、離すと思う?」

色気の増すばかりの蒼の一人称が変わる。

これまで『僕』であったはずのそれは、『俺』に変わっていて、顔を覗かせるのは別の一面だ。

色気とか、そういったものの類にかけ離れた顔をしているのに、どうしてこうなったのか。彼を退かそうにもどうにもならなくて、彼はそれがまた嗜虐心を煽られるのかクスクスと笑みを零す。

「なっちゃん、早く逃げないと。俺、なっちゃんのこと食べちゃうよ?」

瞳の奥に灯る熱は確実に私を獲物として捉えている。

首筋をなぞる手が徐々に降りていき、シャツの中へと入り込み、鎖骨に触れる。

食べるとはなんなのか。ここまで状況証拠を並べられて理解できないほど無知ではない。色々納得したくない、目を背けたいがそれでもなんとか口を開く。
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