鬼麟
けれど、安易に否定できる名ではないと自分が一番良く知っているが上に、この沈黙が続いているのだ。本を拾うことさえ、ましてや指一本動かすことさえ躊躇いが生じる。

最早逃がす気などない先生は、じっとその双眸で私を追い込んでいく。

「……それは、嫌がらせですか?」

結局耐え切れなくなった私は、質問に質問で返して逃げ道を画策する。

「まさか、とんでもない。言ったでしょう、俺如きではあなたには勝てないと」

冗談か、本気か。それともその両方なのか。今の先生の表情からは読み取れず、その真意にまでは触れられない。

男の、しかも大の大人が女子高生に勝てないと宣う人を初めて見たかもしれない。今までは、あの名前と役割で思ってはいただろうが、こうして面と向かって言われることなんてなかった。言えなかったのだろう。

格式と矜持、つまりは詰まらないプライドで成り立っていた世界。

でもこうもはっきりと言われてしまえば、逆に清々しいもので不思議な気分に見舞われる。
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