鬼麟
先生は、静かに言った。

「捜しています」

危うく漏れそうになった、誰がという主語。訊く必要がないくらいそこに身に覚えがあり、零すまでには至らなかった。

十中八九それはあいつらのことだろうと、確認するまでもない。

「何のことですか」

ここにきて、とぼけるという卑怯な手を使う。そうすることが精一杯なのだと、僅かに握った拳。

「鬼龍が、あなたを捜しています」

私のくだらない足掻きに気付いてるだろうに、意地悪くもわざわざ主語をつけて言い改める。それでも私には関係ない。

逃げの言葉で拒絶する。

「私には、関係ありません」

辛うじて目線を逸らすことなく言ったのは、逆に褒めて欲しいくらいだ。

やけに心臓の音が鮮明に聞こえて、研ぎ澄まされた耳が遠くの葉擦れの音を拾い出し、多くの音が脳を支配する。それでも先生の言葉はそれらを押し込むように、頭から冷水を浴びせるように脳髄に響き渡った。

「逃げるんですか」

そこに冗談も、茶化しも、ともすれば感情すらない声音。思わず身を乗り出し、胸倉を掴んで合わせた視線が熱い。

目が焼けるように痛く、肺を満たすのはまるで毒素だ。
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