この恋を、忘れるしかなかった。
「佐倉くんお待たせ」
基本わたしは、呼ばれなければ準備室で作業をしていることが多い。
担任を持っていることもあって、職員室で雑務をこなしてから、終わりがけに顔を出すこともある。
「いえ。…あと、」
「なに?」
「霧島サンのこと…」
「え、やだなぁ佐倉くんまで。本当に絵を見せに来てるだけだから」
霧島くんの名前が出るたびに、わたしは動揺していないかを自分自身に確認してしまう。
「そうですか、なら…いいんですけど」

わたしは佐倉くんや他の部員たちの絵を見てまわり、各々(おのおの)キリがついたら帰ってもいい事を伝えてから、霧島くんの待つ準備室に戻った。

「霧島くんも、そろそろ帰った方が…」
「え、なんで?」
「何でって………」
霧島くんがきょとんとしているから、言葉に詰まる。
「噂のこと、気にしてんの?」
「き、気にしない方がおかしいでしょ…!」
「でもさ、顔見に来るくらい良くない?」
「…テスト、近いよ?」
「えーっ、そんな先生みたいなこと言わないでよ!」
霧島くんは、スケッチブックに何やら描きながら、受け応えをしていた。
「…」
わたし、これでも先生なんですけど…。

7月に入り、期末テストを来週に控えている生徒たち---明日からは部活動も休みになる。
「オレは、リカちゃん先生に会いたいから来てるの」
"会いたい"---そのたった一言に、どくんと揺れる。


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