この恋を、忘れるしかなかった。
「ここで待ってたら、来ると思って」
「…そ、そう」
間違いでも何でもなく、トクンと鳴るわたし。
さっきまで頭の中にいた霧島くんが目の前にいるんだもん、キョドってしまうよ。
それでも出来るだけ平静を保ちながら、美術室の準備室のドアを開けると、冬でもモワッとした油絵の具独特の匂いが立ちこめていた。

「安藤先生、何で美術室なんかに来たの?」
「え…。明日から部活が始まるから、準備とか色々……」
別にわたしがここに来るのはおかしな事じゃないでしょ、むしろ霧島くんがここにいる事の方が不自然だよ。
「ふーん。オレのスケッチブック持って?」
「あ、これは…まだ、見てないから」
誰にも邪魔されずにひとりでゆっくり見たかったなんて、そんな事は口が裂けても言えない。
「あ!」
「え?」
「霧島くん、お昼食べてないんじゃない?」
「あぁ、うん」
わたしは、右手でゴソゴソとポケットをあさった。


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