この恋を、忘れるしかなかった。
「良かったら、食べて?」
「え、いいの?サンキュー先生」
霧島くんは、わたしが差し出したお饅頭を、嬉しそうに受け取ってくれた。

「…」
触れそうで触れなかったわたしの指先が、名残惜しそうに戻ってきた…。

「美味いじゃんコレ」
こういう時変に遠慮したりせず、霧島くんみたいにバクバク食べてくれた方が、気持ちがいい。
美雪ちゃんは3つも食べてたな…(笑)。

「でしょ、わたしの地元のお土産なの」
「でさ、オレの絵の話なんだけど…」
「…。」
わたしの話を聞いているのかいないのか、霧島くんはさっさと話をすり替えていた。

「あれって沖縄でしょ?わたしに送ってくれた……」
ハッとしたわたしは、この先の言葉に詰まった。
だってわたしはさっき、スケッチブックの中身をまだ見ていないと言ったのだから。

「そう。普段風景はあんまり描かないんだけど、あの海はすごく気に入ってて」
「そ、そうなのね」
「いいと思ったから、先生にも送ったんだ」
霧島くんは、お饅頭の包み紙をゴミ箱に捨てた。
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