この恋を、忘れるしかなかった。
「先生本気にしてないでしょー。顔見る?」
「え⁈いいよ、遠慮しておく」
それでもその存在を、この目で認識したくはなかった。
「そう?じゃあこれ見て?」
霧島くんは、ケータイの画面をわたしの前に持ってきて言った。
「あ…!この子…」
「うん」
わたしの反応に、霧島くんは心なしか嬉しそうだった。
この子というわたしの表現は適切ではなかったかもしれないけど、画面には何ともかわいらしいカメが写っていたのだ。
「絵のモデルさんだよね。かわいい」
「でしょ」
霧島くんが、笑顔になる。それはまるで、
「何だか霧島くん、お母さんみたい」
そう、子供を愛でる母親の顔。
「はぁ?」
一瞬怪訝そうな表情をした霧島くんだけど、すぐに何かを考えてるような表情に変わり、
「…そうかも。オレ、子供の時から10年くらいこいつのこと世話してるから。だからさっき先生が”この子”って言ってくれた時も、実はちょっと嬉しかったし」
「そっか。てかこのカメちゃん10年も生きてるの⁈」
「うん、オレが小1の時に買ってもらったから。最初はこんなちっちゃかったんだ」
「へぇ…」
さっきよりも嬉しそうに、指で丸を作りながらわたしの顔を見る霧島くん。
その表情に、愛を感じた。
飼っているカメのことを、きっと家族のように愛しているに違いない。
だから、初めて霧島くんの絵を見た時に、愛を感じたのかな。