【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

エデン、永遠の恋人の面影

「何度も足を運んでいただき……申し訳ありません」

 伏し目がちに視線を下げた彼は女性にも見紛うほどに美しく、とても物腰の柔らかい好青年だ。

「いや、恋人を見舞うのは当然のことだからな。大変だと思うが、お前も休めよ」

「……お気遣いありがとうございます」

 多くは語らず、ふたりはそのまま建物への入口をめざし歩く。
 その途中に『彼女』が好きだった背もたれ付きの長椅子が見えて――

「…………」

 記憶を辿るようにエデンは目を細め、思い出のなかの少女の姿と声を重ねる。

"ここが好きなのか?"

 視線の先には滞りなく流れる噴水、それを囲む一面の花々がすぐそこにあるにも関わらず、少女が見つめているのは青いベルベットを貼りつけたような何の変哲もない頭上の空だった。

"大地は繋がっていなくても、この空の向こうにはエデン様のお国がある。……そう思うといつまでも見上げてしまっている自分がいるんです"

"……空だけじゃないさ。俺たちは心も繋がってる。そうだろ?"

 エデンは背後から長椅子の背もたれの頭頂部へ手をつき、少女の顔を上から見下ろした。

"ふふっ、そうですね"

 穏やかに微笑む彼女の瞳はなによりも、誰よりも澄んでいた――。

「エデン殿?」

 遠くを見つめたまま足を止めた<雷帝>を振り返りながら、訝しげにその視線を追う青年。

「……昔のことを少しな。そういえばあの椅子に誰か座っているのか? やけに綺麗だな」

「えぇ、そうですね。気づけば誰かが、……という感じでしょうか」

 それ以上彼は語らなかったが、エデンには大いに心当たりがあった。

「そうか。あいつらは今どこにいる?」

「ここ数日戻っておりません。呼び戻しますか?」

「いや、いい。俺の名前を出したところで戻って来るやつはいないだろうからな」

 第四位の王・エデンの呼び出しにも応じない人物とは一体何者だろう、と誰もが思うはずだ。しかし、その不在の彼らは一国の王に対するこの非礼な態度を改めるつもりはないのだという。それをエデンは咎めたりはしないが、時折みせる鋭い敵意が大きな溝をつくっている。
 いつでもそんな彼らの関係に誰よりも心を痛めていたのが彼女だった。

"お願い、喧嘩しないで"

 優しい少女はいつも眉間に皺をよせ、火花を散らす男たちの間に割って入っていた。

 ――そして彼女は知らない。自分がこの男たちに焦がれるほど愛されていたということを――。


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