【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

先代<冥王>の気がかり

 仄暗い靄に包まれ、数メートル先にさえ光が届かぬこの国は<冥王>マダラの治める死の国だ。今宵もまた、この国の王は月のない空をぼんやり眺めている。
 片肘は窓の枠に置かれ、反対側の手には大鎌が握られている。こうして力を発揮しておらずとも死の鎌は不気味な淡い光を放っており、この濃い靄の中でさえその輝きを通す異質なものである。
人外の能力を秘めた王たちの神具は大きく五つに分かれているが、王の世代が変わるたびに微妙にその形を変化させるのだという。

 現<冥王>マダラの神具は歴代の冥王のものより異形で鋭い。柄に巻きつく禍々しい装飾は彼好みだったが、先代のものとはまったく別物のように見えた。

そんなマダラは遠い記憶を呼び覚ますように目を細める。

"これが僕の……? なぜこのような形をしているのです?"

まだ腰あたりまでしかないグレーの髪の少年が当時の<冥王>のそれと見比べながら言葉を発する。すると、彼によく似た浮世離れした美青年が振り返り頷いた。

"これは唯一無二のお前の神具だ。他の誰にも扱えない特別なものさ。……神具がどう形を成すか、についてはちょっとした逸話があってね"

"逸話、ですか?"

"そう。平穏な代に即位した王の神具は美しく癖のない形をしている"

当時の<冥王>は己の神具を#翳__かざ__#しながら説明してくれる。

"じゃあ僕の代は……"

不安より期待や高揚感のようなものが勝り、マダラはまるで別人のように口角を上げる。

"……私もそう思っていた。お前の代はきっと何かが起きるのだろう、と……"

マダラの異変に気づいていた当時の<冥王>は、見え隠れする冷酷な性格を少なからず気にかけていた――。

「ああ、先代……聞くのを忘れていました。他国の王の神具にも同じことが言えるのですか……?」

その呟きに返事があるわけもなく、ただその"何か"がいつなのか彼はずっと待っていた。マダラが王となってからすでに四百年。これまで起きたとはいえない小さなことばかりだった。そんな事のためにこの神具がこのような形を成したとは到底思えない。
すると、扉をノックする音が静寂を破った。

――コンコン

「開いている」

『ハッ、失礼いたします』

彼の了承を得た家臣のひとりが茶を淹れなおそうとトレイを手に入ってくる。軽食も用意されており、主がまだ眠りにつかないであろうことは家臣たちも心得ている様子だった。
なによりも静寂を好む王の性格を理解してか、無駄口を叩くことなく手際よく食事を並べていく家臣を眺めながらマダラが口を開いた。

「……悠久に出生不明の赤ん坊がいるって――、それからどうなったと思う?」

手を止めた家臣は首を傾げながら姿勢を正し答える。

「悠久の使者殿が持ってきた話でございますか? いくらなんでも不明のまま終わることはないかと思いますが……」

「そうだよね」

(これも違うか…)

すでに興味を失ってしまったのか、小さくため息をついたマダラはまた月のない空を見上げた。

「つまらなさそうですね、マダラ様」

「なにかあれば向こうからやってくるだろう。僕にしかできないことが色々あるんだから」

そう言い終わると薄く笑った彼の瞳は危険な光が見え隠れしている。
彼もまた変わり映えのないこの長い時間に魅力を見出せないでいる王のひとりだった。
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