【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「赤ん坊が関係しているかどうかはわかりませんが、その衝撃ののち、あの泉の水が干上がってしまっていたのは事実のようです」
「……警戒心の強い聖獣の森に足を踏み入れる者がそういるとは考えにくいが、第三者が関係していると考えるのが妥当か……」
(我が子を捨ててしまおうと考えている者が聖獣の森に立ち入るようなことがあれば彼らに心を読まれ、自らの命さえも危険にさらされるはずだ)
「ええ、キュリオ様のお力が行きわたるこの悠久の地で、自然に泉が枯れるようなことは今までに例がありません。このまま調査をすすめ、追ってご報告させていただきます。赤ん坊の出生が不明な以上、キュリオ様もどうかお気をつけください」
「…………」
大臣の心配する言葉が聞こえなかったように、キュリオは女官たちに抱えられている幼い少女の姿を静かに見つめている。
そして彼が部屋を出て行って間もなく食事の支度のため退室した女官たち。
部屋には幼い赤ん坊とキュリオだけが取り残されていた。
「大人しい子だねお前は」
キュリオは自分の腕のなか、声もあげずじっとしている幼子(おさなご)に目を向ける。やがて大勢に抱き上げられて疲れたのか、つぶらな瞳がウトウトと閉じかけている可愛らしい姿が視界に飛び込んでくる。
「ゆっくり眠るといい、おやすみ」
穏やかな笑みを向けたその心には言いようのない感情が込み上げ、彼はその想いを唇にのせるように幼子の額へ優しく口付けを落とした。
それからゆっくり窓辺に近づき手身近な椅子に座ると、いつのまにか夜の帳(とばり)が完全に降りていることに気付く。
(もう夜か……今日は一日が過ぎるのが早い気がするな)
そのとき、腕の中の小さなぬくもりがわずかに身じろぎした。
(起こしてしまったか?)
手元へと視線をうつしてみるが、起きる気配はなさそうだ。
「お前はどこから来たんだい?」
「…………」
赤ん坊から聞こえてくるのは健やかな寝息だけで反応はない。
(……眠ってしまったか……)
キュリオは指先で赤ん坊の額にかかる前髪を優しく梳くと、彼女の頬に顔を寄せ……囁いた。
「どこから来たかなんて関係ないさ……」
「……あぁ、それよりいつまでも"お前"じゃ可哀想だね」
(明日、ゆっくり考えることにしよう)
わずかに高鳴る胸に気付かずにキュリオは寝台へと向かう。
この白く大きな天蓋(てんがい)のベッドに、いまだかつて彼以外の人物が立ち入ることはありえなかった。それを躊躇(ちゅうちょ)することなくそっと胸に抱いた赤ん坊を横たえ、穏やかな寝顔をもう一度見つめる。
「良い夢を……」
半ば離れがたいような気持ちを抑えながらキュリオは音もなく部屋をあとにする。
(あのくらいの子の食事といえば、やはりミルク……だろうな)
キュリオは食事の用意されている広間ではなく、滅多に立ち入らない厨房へと足を向けるのだった――
「……警戒心の強い聖獣の森に足を踏み入れる者がそういるとは考えにくいが、第三者が関係していると考えるのが妥当か……」
(我が子を捨ててしまおうと考えている者が聖獣の森に立ち入るようなことがあれば彼らに心を読まれ、自らの命さえも危険にさらされるはずだ)
「ええ、キュリオ様のお力が行きわたるこの悠久の地で、自然に泉が枯れるようなことは今までに例がありません。このまま調査をすすめ、追ってご報告させていただきます。赤ん坊の出生が不明な以上、キュリオ様もどうかお気をつけください」
「…………」
大臣の心配する言葉が聞こえなかったように、キュリオは女官たちに抱えられている幼い少女の姿を静かに見つめている。
そして彼が部屋を出て行って間もなく食事の支度のため退室した女官たち。
部屋には幼い赤ん坊とキュリオだけが取り残されていた。
「大人しい子だねお前は」
キュリオは自分の腕のなか、声もあげずじっとしている幼子(おさなご)に目を向ける。やがて大勢に抱き上げられて疲れたのか、つぶらな瞳がウトウトと閉じかけている可愛らしい姿が視界に飛び込んでくる。
「ゆっくり眠るといい、おやすみ」
穏やかな笑みを向けたその心には言いようのない感情が込み上げ、彼はその想いを唇にのせるように幼子の額へ優しく口付けを落とした。
それからゆっくり窓辺に近づき手身近な椅子に座ると、いつのまにか夜の帳(とばり)が完全に降りていることに気付く。
(もう夜か……今日は一日が過ぎるのが早い気がするな)
そのとき、腕の中の小さなぬくもりがわずかに身じろぎした。
(起こしてしまったか?)
手元へと視線をうつしてみるが、起きる気配はなさそうだ。
「お前はどこから来たんだい?」
「…………」
赤ん坊から聞こえてくるのは健やかな寝息だけで反応はない。
(……眠ってしまったか……)
キュリオは指先で赤ん坊の額にかかる前髪を優しく梳くと、彼女の頬に顔を寄せ……囁いた。
「どこから来たかなんて関係ないさ……」
「……あぁ、それよりいつまでも"お前"じゃ可哀想だね」
(明日、ゆっくり考えることにしよう)
わずかに高鳴る胸に気付かずにキュリオは寝台へと向かう。
この白く大きな天蓋(てんがい)のベッドに、いまだかつて彼以外の人物が立ち入ることはありえなかった。それを躊躇(ちゅうちょ)することなくそっと胸に抱いた赤ん坊を横たえ、穏やかな寝顔をもう一度見つめる。
「良い夢を……」
半ば離れがたいような気持ちを抑えながらキュリオは音もなく部屋をあとにする。
(あのくらいの子の食事といえば、やはりミルク……だろうな)
キュリオは食事の用意されている広間ではなく、滅多に立ち入らない厨房へと足を向けるのだった――