【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
ふたつの因果関係
「アオイ……ッ!」
流れ落ちる涙もそのままに、キュリオは泣き笑いのような笑みを浮かべ愛しい彼女の熱を確かめるように頬を重ねる。
再び舞い戻った愛しい生命にあふれ出る感情を止められず、何度もアオイの顔に口付けを落としながらその名を口にしている。
「きゃぁっ」
そして彼女もまた、キュリオの想いに応えるかのように嬉しそうな声をあげたが、その瞳には涙が浮かんでいるように見えた。
「アオイ、ともに悠久へ帰ろう」
一度は覚悟した彼女の死――。劇的に回復を見せたのは、やはり……――
何食わぬ顔で消え去った千年王のみが為せる業だろうとキュリオは確信していた。
「ありがとう……エクシス」
――キュリオは光の精霊と水の精霊に見送られ、異空間と精霊の国を繋ぐ門までやってきた。その移動の最中も片時もアオイから目を離すことなく。
「君たちにはとても感謝している。無礼な私をどうか許してほしい」
かつて悠久の民を大量に虐殺してきたヴァンパイアの国ならともかく、親交のある精霊の国で神具を召喚し、少なからず混乱を招いてしまったであろうことに深く頭を下げるキュリオ。しかし、首を振ったふたりの精霊は互いの顔を見合わせると、想いを同じくして小さく頷く。
『……ご安心を。悠久の王』
変わらず言葉少なく光の精霊がそう告げると――
『滅相もございません。どうぞこれからも我が王をよろしくお願い申し上げます』
無表情の光の精霊の隣で気の優しい水の精霊がにこやかに一礼する。彼女はエクシスと唯一交友関係にある、この悠久の王をとても頼りにしているのだ。そしてそんな様子のふたりにキュリオは――
「もちろんさ。君たちも何かあれば遠慮なく私を頼ってほしい」
自らを省みず、盾となり背中を押してくれた彼女らがいたからこそ最良の結末を迎えることが出来たのだとキュリオは穏やかに微笑んだ。そして……
「ありがとう……エクシス………」
明け始めた精霊の国の夜空にもう一度、心から感謝の意を呟いたキュリオの声はエクシスの下にも届いていた。
『……我は何もしておらぬ』
激しく取り乱したキュリオを初めて目にしたエクシスだが、五百年ほど前、悩んでいる彼に放った言葉を昨日のように思い返していた。
"……悲しみに目を反らす必要がどこにある……
重きを置くとすれば消えゆく命をただ嘆くか、称えるかであろう? ……"
精霊と人では生命の終わりを迎えた者に対する思いは大きく違う。人は短い一生の中で、喜怒哀楽を大勢の人間と共有する分、記憶に刻まれた個人の存在が太陽の光ように鮮明な残像となって焼きついているのだろうとエクシスは思っている。したがって消えゆく命を嘆くのも必然的であると理解していたが、王となって見送るばかりになってしまった若かりし日の現・悠久の王キュリオはその狭間で苦しんでいた。そして王である限り誕生と消滅を見届ける役割を担う彼がこれ以上悩まぬよう、新たなる考えを与えたつもりだった。そこでようやく彼の中で死の捉え方が変わった……はずだったが、乗り切ったと思った"死に対する想い"が、また執着を取り戻してしまったように見えた。
『……やつをそうさせたあの赤子は一体何者だ?』
エクシスの興味はそこへ行きついた。
偶然、一夜に起った二つの出来事。
夢の中のふたりの少女とはおそらく二度と会うことはないだろう。と"夢に殺される少女たち"とキュリオの抱いた赤子の因果関係を、この時の彼はまだ微塵も疑っていなかった――。
流れ落ちる涙もそのままに、キュリオは泣き笑いのような笑みを浮かべ愛しい彼女の熱を確かめるように頬を重ねる。
再び舞い戻った愛しい生命にあふれ出る感情を止められず、何度もアオイの顔に口付けを落としながらその名を口にしている。
「きゃぁっ」
そして彼女もまた、キュリオの想いに応えるかのように嬉しそうな声をあげたが、その瞳には涙が浮かんでいるように見えた。
「アオイ、ともに悠久へ帰ろう」
一度は覚悟した彼女の死――。劇的に回復を見せたのは、やはり……――
何食わぬ顔で消え去った千年王のみが為せる業だろうとキュリオは確信していた。
「ありがとう……エクシス」
――キュリオは光の精霊と水の精霊に見送られ、異空間と精霊の国を繋ぐ門までやってきた。その移動の最中も片時もアオイから目を離すことなく。
「君たちにはとても感謝している。無礼な私をどうか許してほしい」
かつて悠久の民を大量に虐殺してきたヴァンパイアの国ならともかく、親交のある精霊の国で神具を召喚し、少なからず混乱を招いてしまったであろうことに深く頭を下げるキュリオ。しかし、首を振ったふたりの精霊は互いの顔を見合わせると、想いを同じくして小さく頷く。
『……ご安心を。悠久の王』
変わらず言葉少なく光の精霊がそう告げると――
『滅相もございません。どうぞこれからも我が王をよろしくお願い申し上げます』
無表情の光の精霊の隣で気の優しい水の精霊がにこやかに一礼する。彼女はエクシスと唯一交友関係にある、この悠久の王をとても頼りにしているのだ。そしてそんな様子のふたりにキュリオは――
「もちろんさ。君たちも何かあれば遠慮なく私を頼ってほしい」
自らを省みず、盾となり背中を押してくれた彼女らがいたからこそ最良の結末を迎えることが出来たのだとキュリオは穏やかに微笑んだ。そして……
「ありがとう……エクシス………」
明け始めた精霊の国の夜空にもう一度、心から感謝の意を呟いたキュリオの声はエクシスの下にも届いていた。
『……我は何もしておらぬ』
激しく取り乱したキュリオを初めて目にしたエクシスだが、五百年ほど前、悩んでいる彼に放った言葉を昨日のように思い返していた。
"……悲しみに目を反らす必要がどこにある……
重きを置くとすれば消えゆく命をただ嘆くか、称えるかであろう? ……"
精霊と人では生命の終わりを迎えた者に対する思いは大きく違う。人は短い一生の中で、喜怒哀楽を大勢の人間と共有する分、記憶に刻まれた個人の存在が太陽の光ように鮮明な残像となって焼きついているのだろうとエクシスは思っている。したがって消えゆく命を嘆くのも必然的であると理解していたが、王となって見送るばかりになってしまった若かりし日の現・悠久の王キュリオはその狭間で苦しんでいた。そして王である限り誕生と消滅を見届ける役割を担う彼がこれ以上悩まぬよう、新たなる考えを与えたつもりだった。そこでようやく彼の中で死の捉え方が変わった……はずだったが、乗り切ったと思った"死に対する想い"が、また執着を取り戻してしまったように見えた。
『……やつをそうさせたあの赤子は一体何者だ?』
エクシスの興味はそこへ行きついた。
偶然、一夜に起った二つの出来事。
夢の中のふたりの少女とはおそらく二度と会うことはないだろう。と"夢に殺される少女たち"とキュリオの抱いた赤子の因果関係を、この時の彼はまだ微塵も疑っていなかった――。