【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

止まらない愛錠

安心したような笑みを浮かべた美しい彼はそれから目を閉じたまま全く動かなくなってしまった。やがて規則正しい呼吸に肩にかかっていた長い髪がサラリと流れる。

「…………」

目の前に流れ落ちた銀の髪に赤子はそっと手を伸ばす。そして指先に触れた絹糸のような感触に目を輝かせている。

「……! きゃぁっ」

その感触がよほど気に入ったのかアオイはその後何度も彼の髪を撫で続けると、意識のないキュリオの顔に優しい笑みが浮かぶ。
 やがて遊び疲れたアオイ。寝返りをうつと、カーテンのわずかな隙間から日の光の降り注ぐ窓辺へと目を向ける。すると突然、視界の中心に小さな影が飛び込んだ。よくよくと目を見張ると、それは色鮮やかな小鳥たちの姿だった。小鳥とアオイの視線が絡み合うと、気づいた彼女たちは赤子を窓の外へと誘うように美しい歌を唄う。

「……っ!」

アオイの目には何もかもが新鮮で、痛む体も気にならないほど心は弾み、興味に対する過度な好奇心が彼女の体を突き動かす。窓辺へ向かおうと懸命に腕を伸ばし、前に進もうとする小さな足はモゾモゾとシーツの上を撫でるように這う。
その懸命な姿に窓辺の小鳥たちも彼女を応援するように、さらに声高らかな音色を奏で始めた。

――どれくらい頑張っただろう。アオイの疲れ切った小さな手足の努力がとうとう報われる時がきた。

あと少し、あと少しでベッドから抜けられる……と思った彼女だが、シーツが足をとらえてなかなか離してくれない。強行突破を試みようとしたアオイが勢いよく身を乗り出すと……わずかに動いた真っ白なシーツがキュリオの腹部をかすめる。

「……ん……」

それは眠っていた美しい王の意識を徐々に覚醒させ、キュリオは朦朧とする中、記憶を呼び覚ますようにゆっくり瞬きを繰り返した。

(私は……眠ってしまっていたのか……?)

隣にいるはずの赤子へ視線を向けると、目の前の光景に一瞬にして目が覚めて大きく瞳を開くキュリオ。

「……っ!! 待ちなさい! アオイッッ!!」

ガバッと上半身を起こしたキュリオは必死に長い手を伸ばし、小さな体がベッドから落ちる寸前のところで彼女の寝間着を力強く掴んだ。もれなく彼の声に驚いた小鳥たちは鮮やかな翼を広げ窓辺から飛び立ってしまった。

「んぅ……」

視界から消え去ってしまった小鳥たちに彼女は不服そうな声をあげたが、キュリオの心音は激しい振動を繰り返し嫌な汗が流れた。
 深く息をついたキュリオは両腕でアオイを抱き上げ、小さな体を強く抱きしめる。

「私の可愛いアオイ……君が自由に飛び立てないよう、私の腕の中に閉じ込めてしまいたいよ……」

アオイは背に腕をまわされ顔を覗きこまれる。そしてひんやりとしたキュリオの指先がアオイの柔らかな頬をツゥと撫でる。やがて彼のその瞳には妖しい光が宿り、沈黙が流れた。

「…………」

いつもは優しいキュリオの瞳と手がこの時ばかりは少し恐ろしく、アオイは彼の視線から逃れるように己の視線を彷徨わせた――。
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