【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
王の夢
「私に食べさせてくれるのかい?」
「きゃぁっ」
彼女は急かすようにグイグイと菓子を握る手をキュリオの口元へ近づけてくる。おそらくアオイの目にはそれが正解だとうつっているに違いなかった。
「君の手から何かを食す日がこんなに早く訪れるとは思わなかった」
小さな感動にクスリと笑いながら形の良い唇を薄く開き、差し出された白いそれを口に含む。しっとりと柔らかい彼女の指先がキュリオの下唇に触れると、繊細な幼子の手を傷つけてしまわぬようキュリオは、ちゅっと音を立ててゆっくり顔を離していく。
「私は幸せ者だな」
アオイの瞳を見つめながらそう呟くと伝わったのか、目を細めて楽しそうに笑うアオイ。そしてその小さな手はもう一度グラスへと向かう。
「アオイ、そのまま自分の口へ持って行ってごらん?」
「……?」
キュリオの言っている意味がわからないのか、今度は菓子を握ったまま微動だにしないアオイ。やがて――
「ぅきゃぁっ」
やはりその小さな手はキュリオの口元へと運ばれるのであった。
楽しい昼食が終わりを迎える頃――
お腹を満たしてもアオイのもとへ眠気が訪れる気配がないため、キュリオは彼女を連れて執務室へと向かった。
キュリオの顔が見える位置にあるソファへ座らされ、両脇をクッションで固定されたアオイ。思わぬ方向へ倒れてしまわぬよう女官が考えたものだったが、これがなかなかによい。
アオイがベッドから落ちてしまわぬよう、寝台を移動しようと考えてキュリオだったが、彼女の背後に何か柔らかい物を壁として置いてみるのはどうかと思いつく。
(いや、そんなことをせずとも私が彼女を抱いて眠れば良い話だな)
様々な考えを巡らせていると、手元の目を通すべき書類がいっこうに減っていないことに気づく。
「今は仕事が先だな」
普段の彼からは考えにくい光景だった。そしてそんな自分に小さく笑い、気を取り直すように羽ペンを手に取る。
「…………」
やがて仕事に集中してしまったキュリオがこちらを向かないようになり、アオイはだんだん暇になってきてしまった。
幼子はふと、その視線を彼の背後へと向ける。
広い窓から見えるのはどこまでも続く悠久の景色。さらにそれを彩るのは、どこかでさえずる鳥たちの声と、風に舞う美しい花びらたちだった。
(……どこかで見た気がするこの景色……)
幼い彼女の胸には懐かしさと切なさが入交り、アオイは記憶を辿るようにその意識をゆっくり夢の中へと漂わせはじめた――。
――やがてパチリと目を開いた彼女の目の前に広がったのは、巨大な樹齢数千年と言われる太古の大樹たち。そして入り組んだ古木の根からは清らかな水がとめどなく湧き出ていた。
「…………」
周りを見渡してみても銀髪の王の姿はおろか、彼を取り巻く優しい者たちの声すらも聞こえてこない。
ただ清らかな水の音と、大樹が風に揺らす葉の音のみが空間を支配している。
その時、背後に立ち上がるひとつの気配を感じた。
そこで振り返ったアオイが見たものは――
『…………』
音も風も無く……一瞬、時が止まった気がした。
無表情の翡翠の瞳がじっとこちらを見ている。
彼は淡く光輝く金のオーラを纏い、どこか儚げな印象を持つにも関わらず……ただ存在しているそれだけで伝説と言われる千年王だということにアオイは気づかない。
(この瞳、どこかで……)
魅入られ、彼から視線が離せない。そして確かに見たことのある美しい瞳にアオイは頭を悩ませた。
『……そなた、名は?』
口も開いていないはずの彼の声が直接頭の中に響いた――。
「きゃぁっ」
彼女は急かすようにグイグイと菓子を握る手をキュリオの口元へ近づけてくる。おそらくアオイの目にはそれが正解だとうつっているに違いなかった。
「君の手から何かを食す日がこんなに早く訪れるとは思わなかった」
小さな感動にクスリと笑いながら形の良い唇を薄く開き、差し出された白いそれを口に含む。しっとりと柔らかい彼女の指先がキュリオの下唇に触れると、繊細な幼子の手を傷つけてしまわぬようキュリオは、ちゅっと音を立ててゆっくり顔を離していく。
「私は幸せ者だな」
アオイの瞳を見つめながらそう呟くと伝わったのか、目を細めて楽しそうに笑うアオイ。そしてその小さな手はもう一度グラスへと向かう。
「アオイ、そのまま自分の口へ持って行ってごらん?」
「……?」
キュリオの言っている意味がわからないのか、今度は菓子を握ったまま微動だにしないアオイ。やがて――
「ぅきゃぁっ」
やはりその小さな手はキュリオの口元へと運ばれるのであった。
楽しい昼食が終わりを迎える頃――
お腹を満たしてもアオイのもとへ眠気が訪れる気配がないため、キュリオは彼女を連れて執務室へと向かった。
キュリオの顔が見える位置にあるソファへ座らされ、両脇をクッションで固定されたアオイ。思わぬ方向へ倒れてしまわぬよう女官が考えたものだったが、これがなかなかによい。
アオイがベッドから落ちてしまわぬよう、寝台を移動しようと考えてキュリオだったが、彼女の背後に何か柔らかい物を壁として置いてみるのはどうかと思いつく。
(いや、そんなことをせずとも私が彼女を抱いて眠れば良い話だな)
様々な考えを巡らせていると、手元の目を通すべき書類がいっこうに減っていないことに気づく。
「今は仕事が先だな」
普段の彼からは考えにくい光景だった。そしてそんな自分に小さく笑い、気を取り直すように羽ペンを手に取る。
「…………」
やがて仕事に集中してしまったキュリオがこちらを向かないようになり、アオイはだんだん暇になってきてしまった。
幼子はふと、その視線を彼の背後へと向ける。
広い窓から見えるのはどこまでも続く悠久の景色。さらにそれを彩るのは、どこかでさえずる鳥たちの声と、風に舞う美しい花びらたちだった。
(……どこかで見た気がするこの景色……)
幼い彼女の胸には懐かしさと切なさが入交り、アオイは記憶を辿るようにその意識をゆっくり夢の中へと漂わせはじめた――。
――やがてパチリと目を開いた彼女の目の前に広がったのは、巨大な樹齢数千年と言われる太古の大樹たち。そして入り組んだ古木の根からは清らかな水がとめどなく湧き出ていた。
「…………」
周りを見渡してみても銀髪の王の姿はおろか、彼を取り巻く優しい者たちの声すらも聞こえてこない。
ただ清らかな水の音と、大樹が風に揺らす葉の音のみが空間を支配している。
その時、背後に立ち上がるひとつの気配を感じた。
そこで振り返ったアオイが見たものは――
『…………』
音も風も無く……一瞬、時が止まった気がした。
無表情の翡翠の瞳がじっとこちらを見ている。
彼は淡く光輝く金のオーラを纏い、どこか儚げな印象を持つにも関わらず……ただ存在しているそれだけで伝説と言われる千年王だということにアオイは気づかない。
(この瞳、どこかで……)
魅入られ、彼から視線が離せない。そして確かに見たことのある美しい瞳にアオイは頭を悩ませた。
『……そなた、名は?』
口も開いていないはずの彼の声が直接頭の中に響いた――。