【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

キュリオの片想い

 湯浴みが終わり、夕食も無事済ませたキュリオとアオイは早めに彼の自室へと戻っていく。彼女は昼間に転寝をしたくらいで、それからは一睡もしていない。大樹の露がいつまでもつかわからないが、本人の自覚以上に体は疲労しているかもしれないとキュリオは考えていた。

――ガチャッ

闇の帳が降りた部屋のなか、一部の燭台へ火を灯す。

(部屋を暗めにしておけばアオイもじきに眠くなるかもしれない)

「少し風にあたってみようか」

彼女の頬を指先でなでながらキュリオは優しく微笑んだ。そして彼女を腕に抱いたまま、テラスへのガラス扉を開く。

(あの騒ぎからまだ一日も経過していないのだな……)

昨日のこの時間、間違いなく彼女の体に異常はなかった。キュリオはもしやと思いながらアオイへと視線を落とし、腕の中へと癒しの光を集めていく。キラキラと輝く光の粒がアオイの胸元で弾け、彼女の柔らかい髪が光を受けてサラサラと揺れている。それはまるでキュリオの優しい愛のように彼女の全身を包み込んで、癒す場所がないとわかると光は徐々にその輝きを失っていった。
 アオイはというと、消えていく光の粒を追いかけようと小さな手を伸ばし、いつまでたっても見慣れぬ美しい光景に目を輝かせている。

彼女の体に異常がないとわかったキュリオは、ほっと胸をなでおろし今度は悠久の大地へ向けて癒しの力を放った――。

そしてそれは、城のすぐ傍に潜んでいた”彼”にも降り注いでいる。その光をじっと見つめる彼の瞳は暗闇でもわかる鮮やかな血の色を宿していた。

「キュリオのやつ……ほんと便利な力だな」

「っつーか、四六時中ベタベタしてやがんのか? あのふたりは」

半ばあきれ顔でティーダは呟いた。そして二人が親子関係であろう事は彼の中ではほぼ確信となっていく。
 やがて大地を駆けぬけた癒しの光を見届けたキュリオは、赤子と共に室内へと戻って行ってしまった。

「……出直すか」

アオイへ近づくチャンスは少なくとも今日ではないと踏んだ彼は軽く木の幹を蹴ると、闇に溶け込むような漆黒の翼を背に広げ夜空へと消えて行った。

こうして室内へと戻ってきたキュリオとアオイ。
寝台の脇の明かりだけを残し、部屋内の灯火を消してまわったキュリオは彼女を抱えたまま広いベッドの中心に腰をおろした。

「さて、何をしようか?」

大人しく自分の膝に座っている赤子の顔を覗きこむと、瞬きした彼女と視線が絡み、アオイはキュリオの笑みに応えるように笑顔を見せる。そして己を抱きしめる彼の腕に手をのせ、何やら顔を近づけようと懸命に腕を突っ張っているように見えた。

「うん?」

いつも楽しませてくれる幼い仕草。今日は何を見せてくれるのだろうと思うと、単調な毎日もたちまち薔薇色になる。
そしていつまでも頑張っているアオイの姿に微笑んだキュリオは、膝の上の彼女と向き合うように抱き方を変える。手は小さな背中を支えたまま、彼女の望むように己の顔を近づけてみると――

アオイの濡れた指先がキュリオの下唇をなぞった。

「……っ!」

驚いたキュリオは目を見開いたが、彼女にされるがままになってみることを選んだ。
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