【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

ひび割れた宝珠

 物腰柔らかく、女性と見まごうほどの美貌をもつ青年がエデンを送り出したあと、廃墟と化したこの建物の中にひとりの男の気配が舞い戻る。
彼に気づいた青年はゆっくり振り返り、部屋をでてその姿を探して歩く。

「おかえりなさい九条」

「…………」

出迎えなど日課になっていない彼が、自ら出向くという時点で”なにかある”とは思ったものの、九条と呼ばれた男は一瞥すると無言のまま通り過ぎようとする。

「先ほどエデン殿が見えられました」

するとピクリと眉を動かし立ち止まった長身の男は無表情のまま低く唸るような言葉を発する。

「……未練がましい男だ」

漆黒の衣を纏った男の瞳は夜をうつしたアメジストのように美しい。しかし、その瞳も今は暗く陰り、彼の心のように深い闇に沈んで光を閉ざしているように見えた。

「仙水、エデンにあのことは伝えていないだろうな?」

「……えぇ、しかし……良いのですか?」

まるで後ろめたいことでもあるように、仙水と呼ばれた彼は不意に視線を下げる。
そんな彼を余所に九条は胸元で強く拳を握りしめ、ビリビリと迸(ほとばし)る黒い光の中から”なにか”を取出し、見つめた瞳は切なく細められる。

見つめるその一点には大きくひび割れた宝珠がはめ込まれており、他人からすればもはや修復など不可能な状態で、形を留めているのが奇跡といえるほどの痛々しい姿で沈黙しているように見える。

しかし、所有者である彼にはわかる。
ここ数日でその宝珠は本来の輝きを取戻しつつあり、弱々しいなりにも光を放ちながら自己修復を始めているのだ。
まるで生き物を愛でるようにそれを指先でなぞる九条だが――

「……もうすぐだ」

一瞬、優しく変化した彼の表情がたちまち憎悪に満ちた鋭い眼差しへと変わる。

「九条……」

そんな彼の様子を仙水は寂しそうに見つめ、壁外で一段と激しく唸る嵐の声に一抹の不安を感じずにはいられなかった――。

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