【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

<一の女神>ウィスタリア

 早くに両親を亡くしたこの一家の長たるウィスタリア。立場上の苦労を隠しつつも、常に穏やかな笑みを浮かべ我儘も言わず妹たちの面倒を見てきた彼女は、この年齢になるまで異性と寄り添うことなく気高く歩み続けた。しかし、その彼女が唯一恋焦がれ想い続けた男がいる。それが悠久の王・キュリオだった。

彼は特別な人間をつくらない。

銀髪の王に恋するすべての女性が永遠の片想いであることがせめてもの救いだった。
しかし、先ほどのキュリオの眼差しから感じたのは足元をすくわれるような違和感だ。もしかしたら彼の心に触れることができた女が現れたのかもしれない。王が伴侶を持たないという逸話が崩れ始めているのではないかという不安が徐々に大きくなっていく。

(あんな顔をしたキュリオ様、初めて見た。……誰に? なにへ向けられたの……?)

そしてウィスタリアが考えるほど難しいことはわからないマゼンタ。ただ少なからず女神という立場を利用し、キュリオへ会いに行っていた分、他の誰よりも自分たちは近い存在であるはずだと思い込んでいたのだから衝撃も大きい。

「……あの、キュリオ様……っ」

震える声でウィスタリアが王の名を呼ぶと、空色の瞳をこちらに向けたキュリオは静かに言葉を紡ぐ。

「……私になにをしろと?」

「その……今日はマゼンタの誕生日なんです。十歳に、……なりました」

小刻みに揺れる手で美しいマーメイドドレスの裾を握りしめながらウィスタリアがやっと胸の奥から言葉を吐き出す。

「…………」

「それで、どうしてもっ……キュリオ様に祝って欲しいというものですからっ……ご無礼をお許しください!」

一の女神の言葉を耳にし、小さくため息をついた銀髪の王は無表情のままぬくもりを感じさせない言葉を投げつける。

「君たちは女神一族といえど悠久の民だ。例えどんな日であろうと私が個人を特別扱いしないのはわかっているね?」

「……はい、承知しております。誠に、……申し訳ありません……」

「……ごめんなさいキュリオ様」

気落ちしたウィスタリアの隣でマゼンタも寂しそうに頭を下げ肩を落としている。勢い任せでどうにかなると思っていた若い彼女は、ノリというものに決して流されないキュリオにあっけなく完敗してしまったのだ。

「ごめん、ウィスタリア……」

珍しく謝罪の言葉を口にしているマゼンタは、気持ちの優しいウィスタリアに迷惑かけたことを彼女なりに反省しているのかもしれない。しかも想い続けたキュリオから冷たい言葉を浴びせられてしまったのだ。しばらくは罰が悪く顔を合せることもままならないだろう。

「……ううん。謝らないで? 私の方こそごめんねマゼンタ……」

大人しく深く頭を下げる二人の姉妹に、キュリオの後方で待機していた残りの女官や侍女たちがほっと安堵のため息をついた。彼女たちがそういう態度をとるのも女神一族は地位や名誉など、鼻にかけた輩(やから)が多く手を焼いているのが現状なのだ。

ウィスタリアを長とするこの直系の五人姉妹は自身の立場に驕れることなく、余所との違いを見せるかと思っていたのだが……こうして押しかけるところを見ると、他の女神たちと一緒くたにされても仕方がない。

視線を下げ、寂しそうに帰っていく歳の離れた姉妹と付き人の男。黙って彼女らの背中を見送っていたキュリオだが――

「……祝いの席を設けるつもりはないが……食事くらいならいいだろう」

「……え?」

聞き間違いかと振り返ったウィスタリアとマゼンタだが、声の主はすでにそこにおらず、遠くに見えたキュリオはこちらを振り返ることなく城の中へと消えてしまった。

「……ありがとう、ございます! キュリオ様……!」

嬉しさのあまり飛び跳ねるマゼンタの傍では、じんわりと頬を赤らめて涙を浮かべるウィスタリアが愛しい王への想いをさらに色濃くさせていく――
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