【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

<五の女神>マゼンタ

「……ウィスタリア様、マゼンタ様。そろそろキュリオ様がお見えになります。ご準備はよろしいですか?」

「ええ、……大丈夫です。」

特に笑みを浮かべるでもなく、形式的な振る舞いを見せた女官。この表情や口調は堅苦しい職業のせいかと二人の女神は疑いもしなかった。
やがて広間とバルコニーを繋ぐガラスの扉が開かれると、先ほどとは違った服装を纏ったキュリオが現れた。正装の彼しか見たことのない彼女らは幾分ラフな衣を目にしただけで感動を覚える。

そして左右に立つ女官や侍女らが恭しく一礼すると、ウィスタリアとマゼンタも慌てて頭を下げた。しかし右手でそれを遮った王は立ち尽くす女神たちを席へと誘導する。

「#煩__わずら__#わしいことはいい」

「は、はい……」

早くも尻込みしてしまった長女とは裏腹にキュリオは二人と視線を合わせることなく侍女へ料理を運ぶよう促す。すると気落ちした彼女へマゼンタが肘でつつきながら目をつり上げた。

『こんなことでしょげてどうすんの!? これじゃあ他の女たちと変わらないじゃない!!』

『でもっ……』

小声で姉に喝を入れた少女だが、キュリオの冷たい態度に動揺が隠せない姉の心境は痛いほど理解している。彼女はせっかく上がれた階段を下ろされるのが怖いのだ。が、着実に駆け上がれる保証などなければ時間もない。

肩身狭くキュリオの向かい側へ腰を落ち着けたマゼンタとその隣りに座ったウィスタリア。しかし、ちょっとやそっとのことで狼狽えない末っ子は流石に肝が据わっている。彼女は次々に運ばれてくる上品な料理に目を輝かせながらも口内にこれでもかと潤う唾液をゴクリと喉を鳴らした。

「あ、あのぅ……キュリオ様は……」

目の前に所狭しと並べられた料理はこちら側に置かれるばかりで、キュリオの前に出されたのは紅茶を淹れたカップとソーサーのみだった。もちろん王の食事を忘れるなどそんな罰当たりなミスを従者が犯すわけなく……。まさかの事態に心が砕けそうになるのを若さで乗り切ろうとするマゼンタ。

「……君たちと食事をするつもりはない。私に構わないでくれ」

今日一番のズシリと重い言葉を投げつけられる。そして加わる空色の冷やかな視線。ややもすれば「食事をしないなら帰れ」と言われるのはもはや目に見えている。だが、この幸福な時間を易々と終わらせてなるものかっ! と新たなる闘志を燃やしたマゼンタは感謝の意を述べながら食事を始める。

「……し、失礼いたしましたっ! え、えっと……本日はこのような席を設けてくださいまして、本当にありがとうございますっっ!」

「…………」

懸命な五の女神の言葉にも横目で一瞥しただけのキュリオ。そして間を置くことなくその瞳が映したのは、綺麗に着飾った女神たちではなく悠久の大地だ。祝の言葉もなくカチャカチャと銀のカトラリーが音を響かせるなか、重苦しい空気に混じってキュリオの視線が刺さる。

「……すみません~。私食べるの……遅くってっっ!」

本当は口いっぱいに頬張ってしまいたい。しかし、時間稼ぎのためにも少量ずつ口へ運ぶ様子をわざとらしくアピールするマゼンタは溢れ出る食欲を気合で抑え込もうと必死だった。

「…………」

そんなマゼンタをじっと見つめて何か言いたげなキュリオ。

「……へへへっ」

(やはり無理がっ……!)と、内心後悔しながらも笑ってやり過ごす。
するとあからさまなため息をつき、つまらなそうにそっぽを向いてしまったキュリオ。

すると――

「……失礼いたします。キュリオ様」

遠慮がちにガラス扉からやってきた女官がキュリオの耳元で何かを囁いた。眉間に皺を寄せている彼女は胸元で手を握りしめながら不安そうに瞳を揺らしている。

「……そうか。もう少し待ってくれ」

ゆっくり目を閉じたキュリオは苦しそうにそう呟くと、頷いた女官は足早に去って行く。
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