【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
異物の排除
「……はぁっはぁっ……、ふふっ……」
ウィスタリアは目の前の光景に満足するかのように不気味な笑みを浮かべ、愉快げに細められたその瞳には妖しい光が宿っていた。
己の足元には咄嗟にアオイを庇(かば)い、頭部に人が耐えうる凄まじい衝撃を受けた血まみれの女官が倒れている。
花瓶の破片が飛び散った絨毯の上には、彼女が必死に守ろうとした幼子がぎゅっと瞳を閉じて苦痛に顔を歪ませている痛々しい姿がある。
「……ぅっ……ひっく……」
背中から落ちた衝撃に息が詰まり、ようやく吐き出したしゃくり声は怯えたように震えている。
「ようやく二人きりになれたわね」
視線の温度を下げたウィスタリアが赤子に近づくと、歩き出したばかりの足は躊躇(ためら)うようにピタリと動きを止めた。
「……赤い涙?」
一瞬、嫌な予感に胸をざわつかせたが、それは飛び散った花瓶の破片が赤子の目尻を掠り、血をにじませた傷の上を涙が通過したからだとわかり勝ち誇ったように嘲笑う。
「そんなの出たら人間じゃないわよねぇっ! アハハッ!!」
「っ!」
言われた意味が理解できるはずはないが、こぼれる涙を堪えようと赤子は必至に声を我慢しているように見える。
しかし己を見下す恐ろしい女の形相にアオイの小さな体は恐怖に震え、為す術もなくただその場にうずくまるしかできない。
――が、その時――
女の足が何かをどけるような動きをみせ、その先を目で追ったアオイは自分に微笑んでくれていた優しい女官の変わり果てた姿を視界に捉えてしまった。
「……っ!!」
赤黒い血の海に横たわる蒼白の彼女は微動だにせず、それが如何に深刻な問題であるかは止めどなく流れ続ける赤い液体の量でわかる。
「……っぅ、ぁぁっぅ……っっ!!」
女官に手を伸ばし、必死に呼びかけるような赤子の声がウィスタリアの精神をジクジクと刺激する。
「なぁに? 人の心配してる場合かしら?」
――パキッ
花瓶の破片を上品なヒールで踏み鳴らし、ウィスタリアは無抵抗の赤子を両手で抱え上げた。
「まぁ……本当に憎たらしいくらい可愛いのね。……貴方がキュリオ様のお嬢様?」
憎悪にまみれた女の瞳はもはや正気を失い、女神の気品や気高さなど微塵も感じない。そして両腕を頭上まであげた彼女。
「二度とキュリオ様に微笑んでもらえないように、その可愛い顔から破片の上に落としてあげましょうね」
「……ぅっ、ふぇっ……」
(……ごめんなさい、わたしの、せいで……)
この状況下でも赤子は自分を庇った血まみれの女官を想い、心の痛みが大粒の涙となって頬を伝った。
"――私を守ろうとしないで……あなたの代わりはいないのだから――"
脳裏をよぎるのは優しい少女の声。
そして……
"――それは私とて同じ。全力で守ると決めた……この命は貴方のものです――"
艶やかな長い髪に柔らかい物言い。姿かたちこそぼやけているものの、誠実な彼の真っ直ぐな眼差しが妙に印象的だった。
しかし、言葉を向けられた少女は首を振り悲しそうに視線を下げた。
"――お願い、そんなこと言わないで――……"
「……?」
アオイは不思議な映像に一瞬気を取られキョトンと瞬きしている。
すると――
「んふっ……はぁいっ!! もう待ってあぁげぇなぁいっっっ!!」
自分に酔いしれるようなウィスタリアの声が響き、赤子を真っ逆さまに抱えなおした彼女は勢いよくその腕を振り落した――。
ウィスタリアは目の前の光景に満足するかのように不気味な笑みを浮かべ、愉快げに細められたその瞳には妖しい光が宿っていた。
己の足元には咄嗟にアオイを庇(かば)い、頭部に人が耐えうる凄まじい衝撃を受けた血まみれの女官が倒れている。
花瓶の破片が飛び散った絨毯の上には、彼女が必死に守ろうとした幼子がぎゅっと瞳を閉じて苦痛に顔を歪ませている痛々しい姿がある。
「……ぅっ……ひっく……」
背中から落ちた衝撃に息が詰まり、ようやく吐き出したしゃくり声は怯えたように震えている。
「ようやく二人きりになれたわね」
視線の温度を下げたウィスタリアが赤子に近づくと、歩き出したばかりの足は躊躇(ためら)うようにピタリと動きを止めた。
「……赤い涙?」
一瞬、嫌な予感に胸をざわつかせたが、それは飛び散った花瓶の破片が赤子の目尻を掠り、血をにじませた傷の上を涙が通過したからだとわかり勝ち誇ったように嘲笑う。
「そんなの出たら人間じゃないわよねぇっ! アハハッ!!」
「っ!」
言われた意味が理解できるはずはないが、こぼれる涙を堪えようと赤子は必至に声を我慢しているように見える。
しかし己を見下す恐ろしい女の形相にアオイの小さな体は恐怖に震え、為す術もなくただその場にうずくまるしかできない。
――が、その時――
女の足が何かをどけるような動きをみせ、その先を目で追ったアオイは自分に微笑んでくれていた優しい女官の変わり果てた姿を視界に捉えてしまった。
「……っ!!」
赤黒い血の海に横たわる蒼白の彼女は微動だにせず、それが如何に深刻な問題であるかは止めどなく流れ続ける赤い液体の量でわかる。
「……っぅ、ぁぁっぅ……っっ!!」
女官に手を伸ばし、必死に呼びかけるような赤子の声がウィスタリアの精神をジクジクと刺激する。
「なぁに? 人の心配してる場合かしら?」
――パキッ
花瓶の破片を上品なヒールで踏み鳴らし、ウィスタリアは無抵抗の赤子を両手で抱え上げた。
「まぁ……本当に憎たらしいくらい可愛いのね。……貴方がキュリオ様のお嬢様?」
憎悪にまみれた女の瞳はもはや正気を失い、女神の気品や気高さなど微塵も感じない。そして両腕を頭上まであげた彼女。
「二度とキュリオ様に微笑んでもらえないように、その可愛い顔から破片の上に落としてあげましょうね」
「……ぅっ、ふぇっ……」
(……ごめんなさい、わたしの、せいで……)
この状況下でも赤子は自分を庇った血まみれの女官を想い、心の痛みが大粒の涙となって頬を伝った。
"――私を守ろうとしないで……あなたの代わりはいないのだから――"
脳裏をよぎるのは優しい少女の声。
そして……
"――それは私とて同じ。全力で守ると決めた……この命は貴方のものです――"
艶やかな長い髪に柔らかい物言い。姿かたちこそぼやけているものの、誠実な彼の真っ直ぐな眼差しが妙に印象的だった。
しかし、言葉を向けられた少女は首を振り悲しそうに視線を下げた。
"――お願い、そんなこと言わないで――……"
「……?」
アオイは不思議な映像に一瞬気を取られキョトンと瞬きしている。
すると――
「んふっ……はぁいっ!! もう待ってあぁげぇなぁいっっっ!!」
自分に酔いしれるようなウィスタリアの声が響き、赤子を真っ逆さまに抱えなおした彼女は勢いよくその腕を振り落した――。